校庭に生えている茂みにぴったりと背を貼り付け、呼吸を殺す。
「先輩何処行っちゃったんですかぁ?まだ悪戯終わってませんよ?」
私は木、私は木、私は木…!
自然と一体化するべく、私は自分に必死に言い聞かせる。
あぁ、何で私は三年も年下の後輩から命懸けで逃げ回ってるんだろう…。
「何処ですかせんぱぁい…。仕方ない、藤内先輩でも探すか」
声は可愛らしいのになぁ、声は可愛らしいのになぁ…!
あんな可愛らしい声でえげつないカラクリに嵌めようとしてくる、今日に限っては外見までも悪魔のような兵太夫の声が遠ざかっていくのを確認して、ほっと息を吐いた。
四年生を甘く見ないでよね、兵太夫。
藤内には申し訳ないけど、助かった…。
今のうちに安全な所でも探そうか、と周りを見渡して安全を確認してから茂みから抜け出す。
「え?」
…その瞬間に、地面がなくなった。
「大成功」
「…喜八郎、アンタもか」
いつも通りのぼんやりとした表情で、だけど何処となく得意気に愛用の穴掘り道具を肩で支えてひょっこりと顔を出した喜八郎は、委員長に着せられたのだろう、
黒いマントを羽織って「吸血鬼」とやらの格好をしている。
「…は何も着てないの?」
「着る前に兵太夫に追いかけ回されたからね…」
「何だ、残念」
「あの、喜八郎さん、ご期待に添えなくて大変申し訳ないんですけどね?それより早くここから出してくれないかな?」
「…あぁ」
普段通りのくのたま装束を着た私に、喜八郎は見て取れるくらい明らかに落胆の表情を浮かべた。
このまま何も言わないと穴の中から喜八郎を見上げての会話が続いていきそうなので、ここから出してくれるよう、なるべく下手にお願いしてみると、
意外とあっさり穴の中へと片手を伸ばして引っ張り上げてくれた。
「ん、ありがと」
「どういたしまして」
「よし、じゃあ私は安全な所探しに行ってくるからこれで」
「…待って。僕の用事まだ済んでないんだけど」
無事に落とし穴から脱出出来た事だし、カラクリも落とし穴もない安全地帯を探しに行こうと踵を返そうとすると、袖を掴まれてその場に引き留められる。
「用事?」
聞き返すと、喜八郎はひとつこくりと頷いた。
「トリックアンドトリート」
可愛らしい顔してとんでもない事言ってるんですけど、この吸血鬼さん。
「…トリック“オア”トリートでしょ?」
お菓子をあげても悪戯から逃れられないじゃないか、何て恐ろしい事を言い出すんだと思いながらもやんわりと突っ込んでみると、ふるふると首を振られた。
「だって、お菓子も悪戯も欲しいから」
喜八郎は大きな瞳でじっと私の顔を覗き込むと、もう一度「トリックアンドトリート」と言い直した。
袖は掴まれたままで身動きは取れないし、ぼんやりしているようで優秀な喜八郎相手に逃げる術も持ち合わせてはいない。
結局、私は大人しく喜八郎の要求を飲むしかないのだった。
与えるのは選択肢じゃない
(どっちも決定事項です)