「久々知君久々知君、トリックオアトリート!」
「…は?」
珍しく委員会の仕事が早く片付き、在庫表の束を抱えて歩いていると、後ろから耳慣れない言葉を投げ掛けられた。
俺に向けられた言葉だからというのもあるが、その聞き覚えのある声にすぐに振り返ると、そこには思い描いた通りの人物がいた。
「えぇと、さん…?」
…見慣れない格好をしてはいたけれど。
「あ、えっとね、ウチの後輩から教えてもらったんだけど、今日はお菓子を貰える日なんだって!」
「…あぁ、そう言えば伊助もそんな事言ってたっけな」
確か「仮装してお菓子を貰いに練り歩く日」って言ってたっけ。
「そしたらね、それを聞いた立花先輩が衣装を用意してくれて」
「ね、可愛いでしょこの服」と嬉しそうに笑うさんには、確かにその服は似合っていたけれど。
自分の感想をそのまま言う勇気もなくて、曖昧な笑顔しか浮かべられなかった。
真っ黒な服の縁に白いひらひらとした布があしらわれていて、手には長い箒を持っている彼女は、「魔女」の仮装をしているつもりらしい。
「ワンピース」と言うらしいその服は、何だかふわふわした作りになっていて、さんにぴったりだと思う。
流石立花先輩、何処から調達してきたのかは知らないが素晴らしいセンスをしていらっしゃる。
心の中で、粋な事をして下さった先輩に感謝の気持ちを述べておく。
「あ、そうそうそれでね、久々知君にもお菓子貰いに来たの。トリックオアトリート!」
「と、とりっくおあ…?」
「えっとね、“お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ”って意味なんだって」
「…俺、今お菓子持ってないけど?」
今持っている物と言えば、大量の在庫表だけだ。
部屋に戻ってもお菓子なんかないし、どうしようかと考えていたら、予想に反して割と嬉しそうな反応が返ってきた。
「あ、じゃあ悪戯だね!」
…悪戯の方でも良かったのか。
ぱっと嬉しそうな笑顔を浮かべたさんは、本当に楽しそうだ。
しかし、その表情はすぐに固まってしまった。
「…何しよう、全然考えてなかった」
「まぁまぁ、今度で良ければお菓子あげるからさ、無理に考えなくても…」
「あ、こうなったら悪戯のプロ、鉢屋君に手ほどきを…」
「してもらわなくていいから!」
三郎にそんな事を聞こうものなら、さんに何を教えるか分かったもんじゃない。
しかも相手が俺だと知ったら、絶対面白がってとんでもない事吹き込むぞあいつ…。
「…あ」
「ん?」
何かいい悪戯でも思い付いたのか、唐突にさんが声を上げた。
「ねぇ久々知君、ちょっと屈んでくれる?」
言われた通りに姿勢を低くすると、頬に何か柔らかい物が触れた。
「…え?」
「い、今のは悪戯なんだからね!」
それだけ言って俺から逃げるように駆けてったさんの表情をしっかりと見る事は出来なかったけれど、ほんの一瞬だけ見えた赤く染まった頬に、
漸く今の感触が何だったのかが分かった。
「…こんな悪戯なら、もっとしてほしいんだけどな」
彼女の触れた箇所に手をやって、そこから伝わる熱に俺もさんに負けず劣らず赤くなってるんだろうな、と思った。
さんがどんな意図で俺にあんな悪戯を仕掛けたのかは分からないけれど、期待くらいはしてもいいだろう。
…さて、俺にも「お菓子」か「悪戯」かの二択を迫る権利は与えられてるんだよな。
折角のハロウィンなんだ、この行事を楽しまない手はない。
それに、やられっぱなしってのも面白くないしな。
何にせよ、まずはさんを捕まえて、話はそれからだ。
熱を持った頬を冷ましながら、俺はお菓子を探し歩いているであろう魔女を探すべく歩き出した。





かけられた魔法は

(彼女にしか使えない、特別な魔法)