「暑い…」
「暑いねぇ」
「このまま溶けちゃいそうだよ…」
「吹雪君が人間である限り、溶ける心配はないだろうから安心していいよ」
ちゃん冷たい…」
「そりゃずっと同じ事言われ続ければね、初めの内はちゃんと心配してあげてたよ」
それに私マネージャーの仕事あるんだからね、と言うと吹雪君は大人しくなった。…いや、ちょっと語弊があるな、元々暑さでへばってて大人しかった吹雪君は私に暑い暑いと訴えかけるのを止めて静かになった。相変わらず視線は私に向いたままだけれど。残念だけど私はこの暑さをどうにか出来るような神様みたいな能力は持ち合わせてないよ、吹雪君。
北国育ちの吹雪君には過酷な環境であろう、この東京の夏。先刻までは凛々しい表情でボール追い掛けてたのになぁ、休憩になった途端に暑さを実感し始めたかのように吹雪君はへばってしまった。とは言え、「皆の所行かないの?木陰ならここよりマシだと思うけど」「ここにいたいんだよ、いつまでもここに居れる訳じゃないんだから」なんてさらりとそんな口説き文句を言ってくれる吹雪君を知らんぷり出来る訳もなく、本来の用途からはかなり外れているが、ぐったりした吹雪君のためにクーラーボックスから氷枕を出してあげると、「あ、ひんやりする」と言ってそのまま離れなくなってしまった。氷枕に抱き付く吹雪君は何処となくコアラを思い起こさせる。口に出したらカウンターを喰らう事になると分かり切っているので絶対に言ったりなんかしないが、とても可愛らしい。早く仕事終わらせてあげよう、と心に決めて、さっさと片付けに取り掛かる。



「終わったよー」
「ん」
十分に冷たさを確保できたのか、吹雪君が漸く氷枕とくっつくのを止めた。「ありがとう」と笑顔付きで返された氷枕は吹雪君の体温を受け取って生温くなっている。私も涼しくなろうと思ってたのになぁ、残念だ。
……いや、ちょっと待て。氷枕が温いって事は、逆に言えば吹雪君は。周りを見てみる。皆木陰で思い思いに涼んでいて、私達のいるベンチに気を払っている人なんていない。それじゃ、私の納涼方法は決まりだ。相変わらずへにゃりと笑顔を浮かべている吹雪君に、私は勢いよく抱き付いた。
「うわぁ!」
「…吹雪君ひんやりするね」
「まぁ、さっきまで氷枕抱えてたからね」
「気持ちいー、ひやっこい」
「…あの、僕暑いんだけど」
何時になく大胆なのは嬉しいんだけどとりあえず離れてくれないかな、と吹雪君が結構容赦なく私を剥がしにかかるけど、私も負けじと吹雪君の身体にしがみつこうと試みる。氷枕が効いたのだろう、ひんやりしてて気持ちいいんだ吹雪君。本人は暑いんだよ勘弁してくれって言いたげな表情してるけど、ひやっこいんだから仕方ない。
「やだー、私が暑い」
「引っ付かれると僕が暑くなるんだってば」
「このままだと私が暑いんだよ!私も涼しくなりたい!」
必死に抵抗していると、ぐいぐいと私の身体を引き離そうとする吹雪君の腕から、いきなり力が抜けた。当然ながら私は当初の思惑通り吹雪君の懐にすっぽりと収まって冷たさを分けてもらえるようになったのだが。
「そんなに僕と離れたくないなら、ずっとこのままでいようか?」
「…へ」
「どうせ皆が戻ってくる前に離れるつもりだったんだろうけど、折角だから見せ付けちゃおうか」
あ、これはまずいぞ。これは逃げた方が賢明そうだ。吹雪君のひやっこさでなく、点灯し始めた危険信号に一気に寒くなった私が吹雪君と距離を取ると、今度は吹雪君の方から私に抱き付いてきた。
「吹雪くん暑いんだよね、離れた方がより涼しいと思うんだ私」
「こうした方がちゃん涼しくなれるんでしょ?さっき自分でそう言ってたじゃないか」
結局この後休憩が終わるまで吹雪君は私を離してくれず、あの円堂君ですら私達に極力突っ込まないようにと気を遣ってくれていた。皆の優しさが却って痛い。
こうして私はまたひとつ学んだ。暑い日に吹雪君から涼を奪っちゃいけない、と。





メルトダウンを半分こ
(生まれる熱は暑さの所為か、それとも)