「綾部君、あーやべくーん」
校庭で探し人の名を叫んでみるも、返事は返ってこない。
「…ここにもいないか」
次はあっちの方を探してみようかな、と気を取り直して私は捜索を続ける。
何故私が綾部君を探しているのかというと、それはつい先程、授業を終えた時まで遡る。
授業を終えて廊下を歩きながら今日は委員会もお休みだし何しようかな、と放課後という素晴らしい時間をどうやって
満喫しようか考えていると、立花先輩にばったり遭遇した。
「あ、立花先輩こんにちはー」
「あぁ、こんにちは。丁度良い所に来たな」
私の挨拶ににこやかに応じてくれた立花先輩は、良い事思い付きましたと言わんばかりの笑顔を浮かべた。
「これから何か予定はあるか?」
「ありませんけど?」
「そうかそうか、それではひとつ頼まれ事をしてくれないか?」
そう言うと立花先輩は丁寧に折り畳まれた紙を私に見せた。
「これを喜八郎に届けてほしいんだが」
「わかりました、綾部君に届ければいいんですね。任せてください!」
我らが委員長、立花先輩の頼みとあっちゃ断る気なんか微塵も起きない。
そんな訳で、どうせ校庭で穴でも掘ってるんだろうし、綾部君の一人や二人くらい簡単に見つけられるだろうと
立花先輩の頼みを引き受けて今の捜索タイムに至る訳だ。
「…それにしても、何処にいるんだろ綾部君」
この辺りはどうかな、と周りを見渡してみると、ちょっと離れた所に土が山型に盛り上がっているのが見えた。
罠がありますよと親切に教えているようなものだし、掘り出した土をそのままにしておく訳はない。
あの辺りに誰か人がいる事は確実だ。
私は穴を掘った主を確認するべく、土の山へと近付いてみる事にした。



近付くにつれて、ざく、ざく、と土を掘り進めていく音が聞こえてくるようになってきた。
土の山のすぐ手前にぽっかりと口を開いた穴が見える。
時折中から土が吐き出されている辺り、この穴の中で作業中なのだろう。
そっと近付いて穴の中を覗き込んでみると、やっぱりというか何というか、思った通りの人物がいた。
「どうしたの」
私の気配に気付いたらしい綾部君は、掘っていた手を止めて、穴の上にいる私を見上げた。
「立花先輩から頼まれてね、綾部君に渡すようにって、これ」
「…そう」
先刻立花先輩に託されてきた手紙を取り出すと、心なしか綾部君の表情が曇った気がする。
内容は何も聞いてないけど、何か嫌な事でも書いてあるのだろうか。
でも綾部君の反応がどうであれ、受け取って貰わないと私も困るんだ。
出て来る気配のない綾部君に向かって、穴の中へと手紙を差し出すが、あと少しの所で綾部君まで届かない。
あともうちょっと。全く届きそうにないなら私も無茶をせずに潔く穴の中に入っただろうけど、あともう少しで届きそうなのだ、
私は距離を詰めようと更に身を乗り出した。
――その時。
「う、わっ…」
重力に逆らう事なんて当然出来ず、バランスを崩した私は穴の中へと吸い込まれる。
「ったたた…」
受け身は上手く取れなかったものの、思ったより衝撃は少なかった。
「…どうせなら掘り終わった穴に落ちてよ」
耳元で綾部君の声が響いて、私は漸く今の状況を理解する。
私が落ちたのは、人が一人入れるくらいの小さな落とし穴で。
だからつまりその、落ちたら必然的に綾部君を巻き込んでしまう訳で。
私は、綾部君にしっかりと抱き留められていた。
「ごっごめん!綾部君大丈夫!?」
状況を把握して頬が熱くなる。急いで身体を起こそうと腕を突っ張り棒のように綾部君の方へと伸ばすと、
まるで許さない、というように私の背中に回された腕に力が込められる。
「もう少しここにいてよ」
「え、あ、綾部く、」
「…たまには独り占め、させて」
この穴だってを捕まえるために掘ったんだからね?まぁ、まさか掘ってる最中に落ちてくれるとは思わなかったけど。
綾部君はそれだけ言い切ると、私の首筋にふわふわの髪を擦り寄せてきた。
ちょっとくすぐったかったけど、何だかそれがとても心地よくて、私は綾部君に身体を預けた。
…落ちたのは、穴だけじゃないかも。
不覚にも、こんないい思いが出来るなら落とされるのも悪くないかも、と思ってしまった私が自分の気持ちを
確信出来るのは、まだ少し先の事である。





切り取られた世界で

(そこは定員二名の小さな世界)