「先輩先輩」
「んー?…あれ、綾部君じゃない。珍しいね、こんなに早く委員会に顔出すなんて」
私達の委員会に割り当てられた部屋でひとり寛いでいたら、思い掛けない人物が顔を出した。…いや、彼もこの委員会の人間だからこの部屋に来ても何の違和感もないし別におかしい訳ではないんだけど、普段は園芸部で土いじりに夢中になって時間ギリギリかちょっと遅刻して来るから、こんなに余裕を持ってやってくるのは本当に珍しい。
雨でも降っているんだろうか、やだなぁ今日傘持ってないんだけどどうしよう、と思って窓の外を確認してみる。しかし予想に反して外は太陽がさんさんと輝いており、運動部が部活に精を出している。
…まぁ、綾部君なら雨でもお構いなしで泥だらけになってるか。
綾部君の顔にも、いつも付いている土の痕跡が全く見られない。つまり、土いじりを全くせずにここに来たという事だ。何か急ぎの用事でもあったのだろうか、それとも鉢屋辺りの悪戯で、私の目の前にいるのは綾部君の偽物なのだろうか。
それを見極めようとじぃっと綾部君の顔を見つめてみる。しかし綾部君はそんな私の視線を全く意に介せず淡々と言葉を紡ぐ。
「…これ、渡しにきました」
「あー、残念だけどまだ私しか来てないのよ、見ての通り。もう少ししたら皆来るんじゃないかな」
そう言いながら綾部君が取り出したのは、何とも可愛らしい包みだった。多分、ウチの委員会の誰か宛の物を押し付けられてきたのだろう。顔だけはやたらめったら良いからなぁ、ウチの委員は。…あ、いや伝七君とか藤内君はちゃんと中身も良いけど。兵太夫君と仙蔵の外見に騙される女の子に、一遍奴らの本性を見せてあげたいわ。
それにしても、ちゃんと持ってきてあげる辺り、綾部君も意外と律儀だなぁ。誰だか分かんないけど、綾部君に頼めるぐらいの勇気があるなら直接本人に渡せばいいのに。
「いえ、先輩にです」
「…え、私に?誰から?」
「僕から以外に誰がいるって言うんですか」
「…いや、てっきり誰かから頼まれて持って来たのかと」
「そんな面倒な事しませんよ、僕。先輩宛のものを頼まれたとしても、持ってくるつもりはありませんから」
すっぱり言い切った綾部君に思わず納得してしまった。そうだ、綾部君はそもそもそんな面倒な事しないだろうな。
可愛らしい包みを、私にずいと差し出してくる。綾部君から私宛だというのでとりあえず受け取ってみる。
渡された包みを持ち上げたり向きを変えたりして、とにかくいろいろな角度からの観察を試みる。この可愛らしく施されたラッピングは綾部君の手によるものなのだろうか。ううむ、気になる。そもそも中身は何なのだろう。私の誕生日はまだまだ先だし、学校行事でもこの時期に旅行とかはなかったはずだ。特に連休があった訳でもないから、「旅行のお土産です」って事もないだろう。綾部君から贈り物を貰う心当たりは全くない。
「…あの、何を考えてるかは知りませんが別に危険物が入ってる訳じゃありませんから」
「あ、それもそうだよね!何処ぞの二人とは違って綾部君はそんな事しないよね!うん、ありがと!」
「開けてみて下さい」
そうだ、後輩が折角私にプレゼントを贈ってくれたんだ、贈り物をするのに理由なんて必要ないし、きっと綾部君は贈り物をしたい気分だったんだ。後輩を疑うなんてとんでもない、ありがたく受け取っておこう。
言われた通りに包みを解いてみる。中からお目見えしたものは、私の予想を遥かに飛び越えていた。
「…あの綾部君、これは…」
「僕が作りました」
「…ごめんもう一回言ってくれるかな」
「僕が作りました」
「え、嘘、え、だってこれ、」
「嘘じゃありませんよ?」
中から出てきたのは、凄く美味しそうなタルトだった。これでもかというくらいにフルーツで飾り立てられていて、豪勢な感じに仕上がっている。しかも、「プロが作りました」と言われても疑う余地がない程、完璧な仕上がりだ。
「…本当に私、これ貰っていいの?」
「そのために頑張ったんですから」
「凄く美味しそうだよ!私将来綾部君をお嫁さんに貰おうかなって思っちゃったよ!」
「逆なら大歓迎ですよ?」
「わー凄いなぁ、綾部君お菓子作れるんだー」
「先輩、僕の話聞いてます?聞いてませんよね」
「聞いてるよ?綾部君が心を込めて作ってくれたんだよねこのタルト!本当美味しそう、食べるの楽しみだわぁ」
「…まだまだいっぱいありますよ、足りなかったらもっと作りますし」
「え、本当?それじゃ私今度から綾部君にお菓子作ってもらおうかなー」
まさか綾部君にこんな特技があるなんて知らなかった。私の中の綾部君像は外で元気に泥だらけになってるか常日頃何処かぼんやりしてるかのどっちかしかなかったが、これは大幅に改める必要性があるようだ。
何でこの部屋には食器の類が用意されてないんだろう。無駄に豪勢な部屋なのに。仙蔵はこういう事を想定していなかったのか、全く。今度文次郎から予算を勝ち取ったら食器類を揃えるように進言しておこう。
このタルトは私の胃袋に収められるために作り出されたのかと思うとうきうきしてくる。食べるの楽しみだなぁ。
「…成程、立花先輩の言う事信じて正解だったようですね。今回は」
「え、何、仙蔵何て言ってたの?」
「『の心を掴みたいならまずは胃袋を掴むといい、何せあいつは色気より食い気の女だからな』って」
「…よし分かった、とりあえずあいつが来た瞬間にこの拳をあの涼しげな顔面に叩き込もう」
「あぁそうだ、良かったら僕の家で晩ご飯も食べていきません?僕頑張りますよ、先輩の胃袋を掴んでみせます」
何て事を後輩に吹き込んでくれてんだあの男は。全く失礼しちゃうわ。人を食欲の塊みたいに言ってくれちゃって。綾部君完全に信じちゃってるじゃないの。
…まぁ、否定出来ないのが悲しい所なのだが。
綾部君の発言は何かいろいろと間違ってる気がしなくもないが、美味しいものが食べれるなら、まぁいいか。






砂糖と一緒に混ぜたのは、

(「成程、これが兵糧攻めって奴ですか」「……」)