お天気のいいお昼休みの屋上は、私の特等席だ。たまーに、一人になりたい時はここに来る。
今日は音楽プレイヤーとペットボトルの紅茶をお供に、人気の少ない棟の最上階にある重い扉を押し開けた。まだ風は冷たいけれど、日差しがあったかいから気持ちいい。
壁を背もたれにして、目一杯おひさまに当たれる席を陣取って、時計を見る。あと30分。
「…なんだ、先客か」
イヤホンから流れてくる音の、ちょうど切れ目に滑りこんできた声はよく知ったもので、私は閉じていた目をそっと開く。逆光でよく見えなくて目を凝らすと、「酷ぇ顔」と苦笑された。
不破くんの友達で隣のクラスの、確か、
「鉢屋」
「一人になろうかと思ったんだけどな…まぁ、おまえならいいか」
隣、邪魔するぞ、と言われ、私の返事も待たずに鉢屋は左横に腰かけた。
ちら、とこっちに視線を寄越して、左手を差し出す。へー、こいつぎっちょなんだ。
「なに?アメはないよチョコもないよ」
「ちげーよ、バレンタインもホワイトデーも終わったろーが。それ、片方貸せよ」
それ、と言いながら自分の耳を指したので、鉢屋が欲しいのはイヤホンだと分かった。
でも私は、一瞬戸惑う。
「…コレ、好きかわかんないよ?」
「なんでもいーんだよ、音が欲しいだけ」
ほらさっさと寄越せ、と、差し出した手を結んでは開く。不破くんにも私にも、なんでいつもこいつは上から物を言うんだろう、と思いながら「R」と書かれた方を渡した。
ん、と言って満足そうに笑う鉢屋。本当、黙ってたら格好いい、のに。
そんなに親しいわけでもない、友達の友達。それがいきなり一対一で話すことになるなんて、フクザツな感じだ。嫌じゃ、ないけど。さっきまでピアノジャズだった曲は緩やかなソフトロックに変わって、ひと昔前に街でよく聞いたフレーズが耳に流れ込んできた。あ、今日の天気と合っていい感じ。
隣からも「あぁ、」って声がした。
「知ってる?」
「ん。この人好きだ」
「そうなんだ…意外」
「…なんか、意味深なのがな。歌詞」
「あぁー…」
二番がいいんだよな、と呟いたその数秒後に間奏が終わって、イヤホンと左隣から同時に歌声が聞こえる。
鉢屋が歌うのを聞くのは、初めてだった。低めのハスキーボイス。
―愛のバラ掲げて 遠回りして また転んで
相槌打つよ 君の弱さを 探すために
―僕らお互い弱虫すぎて
踏み込めないまま 朝を迎える
ちょうどサビが終わるか終わらないかで予鈴が鳴って、意識が一気に現実へと引き戻される。
焦って立ち上がると、左耳からイヤホンが外れた。
「…戻んの」
「え、…多分、次当たるし。鉢屋も授業でしょ」
「…仕方ないな、稼げるところで点数稼いでおくか」
はい、とイヤホンを返されて、コードをぐるぐる巻きながらあの重たい扉へ向かう。心地よい空間と現実世界とを隔てる、重たい鉄の扉。
ドアノブに手をかけようとした時、
「」
振り返った先にあったのは、いつもの悪戯っぽいのとは別の種類の顔。
「…踏み込んでみることにするよ」
「え?」
「案外、私とお前は合うような気がする」
言いたいことは言いきった、とばかりに、鉢屋は私の横をすり抜けてドアノブを捻った。
私はといえば今ひとつ飲みこめなくて、ただ目でその姿を追うだけだ。
「まぁ、この先もよろしく。楽しかったぞ」
振り返りざまの笑顔を認めた時にくらっときたのは、多分。
目が暗闇に慣れなかったせい、だけじゃないと思う。
屋上ロマンス
(それは彼なりの、宣戦布告)
抹茶きなこちゃんへ、たくさんのありがとうを込めて。
2010/3/23
へき