※勘右衛門の委員会バレがあります




「お願い兵助助けてー!」
「うわぁ!な、何!?」
兵助が委員会で不在の今、布団の上にごろりと身体を横たえて一人ゆったりと読書に精を出していた俺の部屋の襖がノックもなしに突然開かれる。
しかも開かれたと同時に聞こえてきたのは女の子の声だ。まずこの忍たま長屋にいる時点で色々とおかしい。
…まぁ、この声の持ち主とは見知った仲なのだが。
「…ん、あれ、勘だけ?兵助いないの?」
「今日は実習だから帰ってこないよ。…って言うかさ、入ってくるならせめてノックくらいしてよ、俺何事かと思ったよ」
まぁ襖はノックする物でもないと思うが、せめて一言くらい掛けてほしい。別に疾しい事してる訳じゃないけど、心臓にはあまりいい物じゃない。
…それにしても、兵助に用事って何だろう。兵助からも何も聞いてないし。もしかして俺が知らないだけで、兵助とは気軽に部屋を行き来出来るような深い仲だったりするのだろうか。俺もとはそれなりに仲が良いつもりだが、流石に女の子であるの部屋には入った事がない。
「そっかー、兵助いないのかぁ…。困ったなぁ、宿題教えてもらおうと思ったのに」
宿題か。というかノックの件は無視か。
宿題なら納得がいく。凄く優秀だもんなぁ、兵助。聞けば丁寧に教えてくれるし、兵助を頼ってきたのも頷ける。
「宿題くらいなら、俺で良ければ手伝うよ?」
「んー、じゃあ雷蔵の所行ってみようかなぁ…三郎に聞いたらまた馬鹿にされそうだしなぁ…」
「ねぇ俺は?俺は無視なの?の中では俺戦力外なの?」
竹谷が戦力に入らないのはまぁ想像の範囲内だ。何の意外性もない。あいつ実技は得意だけど教科書開いた時点で眠気に襲われるくらいの筋金入りだからな、当てには出来ないだろう。
だけど、目の前にいる俺を完璧に無視するのは酷いんじゃないだろうか。
社交辞令でもいいからここは俺に話を振る所だろう。
「……勘って勉強教えれるの?」
「俺はに一体どう思われてるのか聞いてみたい所だね」
「何て言うか、勘って三郎や兵助みたいなきりっとして出来る男ってイメージと懸け離れてるから、てっきり私やハチと同じ属性かと」
成程そんな風に思われてたんだな俺。さらっととんでもない事言われた気がするぞ。
「………貸して」
ちょっと悔しかったので、の手から課題と思しき冊子をひったくる。
ぱらぱらとページをめくってさっと内容を確認してみると、どれも俺の分かる範囲内の問題だった。
…別に兵助じゃなくても教えられるぞ、これ。ハチはどうだか知らないけど。
「これなら全部答え分かるけど」
「え、本当!?勘って意外と勉強出来るんだね!可愛い顔してやるね勘ってば!」
…何て言うか、褒められてる気があまりしないぞ。その前に「可愛い」は男に対して使う褒め言葉じゃない。
うわぁうわぁ、凄いなぁなんて言いながらも俺の真似をして問題集を捲っている。
そんな事しても問題が解ける訳じゃないぞ。そもそも自力で問題が解けるなら今頃自室で解いてるんだろうけど。
「…それで、俺に何か頼む事があるんじゃないかな?」
「どうぞお馬鹿な私にお勉強を教えて下さい勘様!」
これで何もないとか言われたら俺どうしようかと思ったけど、そんな心配はいらなかったようだ。
先刻とは打って変わって、は素早く畳の上に正座してがばっと頭を下げた。
…いつも思うけど、元気だなぁ。そう言いたくなる程素早い動作で土下座を決め込んだにとりあえず顔を上げるように言うと、高い位置で結い上げた髪を揺らして「いいの?教えてくれるの?」とそのままこっちが押し負けそうな勢いで身を乗り出してきた。
…あぁ、この勢いで頼み込まれちゃ誰も断れないんだろうなぁ。



「出来たー!」
どれだけの時間が経ったのだろう、夕飯時はもうとっくに過ぎてしまっていて、今行っても恐らく定食の選択肢はさほど残されていないだろう。
日もとっぷりと暮れてしまって、外にはもう一番星が輝いているどころか満点の星空だ。
でもまぁ、結構真面目に取り組んでくれたお蔭で思ったよりは早く終わったと思う。
…いや、教えを請うてる時点で真面目に聞くのは当然だと思うけど、勉強を始めようとした瞬間に夢の世界に旅立つような人間もいる事だし、まぁそいつよりはマシだ。ハチはもっと危機感を持つべきだと思う。
まぁハチの場合は本当にヤバくなったら兵助と雷蔵辺りがスパルタで教えにかかるからいいのか。
あの光景はあまり見たい物ではないが。正直無関係の俺も思わず「すいません」と謝ってしまうくらいの恐怖だ。
「勘のお蔭で補習受けなくて済むよ!ありがとう!」
「うわぁ!」
結構人に教えるだけでも労力を使うものだ。ん、と上に大きく伸びをして固まった筋肉を解してやる。
と、そんな油断しきった時にぎゅむ、と効果音が聞こえてきそうなくらい思いっ切り体当たりされた。
…いや、体当たりって表現はおかしいか。結構な勢いでぎゅむっと抱き付かれた。
「勘って教えるの上手いんだねぇ、今度から勘にも頼るからよろしくね!」
「自分でやる努力もしなよ…」
いや、反射的に突っ込んじゃったけど今突っ込むべきはそこじゃないよな、この状況だよな。
え、何、って勉強教えてもらう度にこんな事してるの?何それ羨まし…じゃなくて、くのたま相手だったらともかく、五年生にもなってそれはちょっとどうなのかなぁなんて思うんだけど!
言葉よりも行動で示すタイプだとは思ってたけど、これはいけないと思うよ、俺。
何か間違いでも起きたらどうするの…って今一番間違いを起こしそうなの俺だよな。俺しかいないよな。
じわり、と装束越しでも伝わってくるその温かみとか、俺の背中に回された細い腕の感触とか、何よりその嬉しそうな笑顔とか。
…いいや、言い訳は後で考えよう。
とりあえずその小さな背中にそっと腕を伸ばしてみる。特に抵抗もされなかったのでそのまま俺も抱き付いてみた。
「お、勘も私の宿題達成記念を祝ってくれるの?優しいねー」なんて見当はずれな答えが返ってきた辺り、本当に誰か彼女に宿題の前に危機感って物を教えるべきだと思う。
「…あのさ、
「ん、何?」
「勉強ならさ、今度から俺の所に聞きに来なよ。ほら、図書や火薬は結構忙しいけど、俺の所って割と暇だし、それにお菓子もいっぱいあるし」
「お菓子くれるの?わぁいじゃあ今度から勘に教えてもらおう!」
「むしろそのまま学級に来るといいよ、庄も彦も喜ぶだろうし、三郎の奴面倒な事は全部人に押し付けてくるからが来てくれれば助かるし」
半分以上、と言うか殆どは建前に等しいのだが、他の部分は聞いていたのかいないのか、はお菓子にあっさりと釣られてくれた。
本人にその気がなくても、例えその相手が俺の友人だとは言っても、他の男にもこんな風に抱き付いたりするのか、なんて事を想像したら何故だか苛立ちを覚えたのだ。
「何故だか」なんて回りくどい表現をしなくても、その原因は自分でも分かっているのだが。
…この分じゃ、危機感を教える役目は俺に回ってきそうだなぁ。他の奴に教えられてもそれはそれで困るんだけど。



「勘ー!宿題教えてー!」
「勘右衛門お前いい加減あいつに自分でやるって事を教えたらどうだ」
「鉢屋先輩もいい加減自分の仕事は自分でやるようにしたらどうですか」
「庄ちゃんてば手厳しい!先輩落ち込んじゃうぞ?いいのか落ち込んじゃうぞ?」
「鉢屋先輩、落ち込むなら何処か別の所でお願いします、正直鬱陶しいです」
「彦四郎まで!」
委員会とは言っても、行事でもない限り基本的に学園長に「新作のお菓子が食べたいのう」とか何とか言われて使いっ走りにされたり、そのおこぼれのお菓子でお茶会を開いてるのが常々なので、切羽詰まったが「今暇?今暇?」とちょくちょく課題を持って来るうちに後輩達とすっかり打ち解け、しかも三郎が俺達に押し付けてく仕事まで手伝ってくれるのでむしろ三郎よりも後輩達に「委員会の先輩」として頼られている。
まぁ三郎も三郎でやる時はやるし、ちゃんと尊敬されてはいるのだろうが、その「やる時」っていうのも滅多にないしなぁ。
「それにしても、先輩もすっかり学級に馴染んできましたね。ただでさえ人数が少ない所に来て普段仕事してくれない先輩がいらっしゃいますからこのまま学級委員長委員会に入って下さればもっと助かるんですけれど」
「あはは、三郎がそろそろ涙目だからその辺にしといてあげて、庄ちゃん」
「はいはい鉢屋なんか放っといて今はこっちに集中しなよ。終わらないよ?」
「勘右衛門まで!」
「皆酷い!俺拗ねちゃうぞ、拗ねちゃうからな!」とでかい図体を丸めて部屋の隅っこで一人いじいじと指で畳を摩り始めた三郎は、誰にも相手にしてもらえなかったからか、身体を起こして俺の方にやってきた。
「そう言や最近雷蔵の所に『宿題教えてー!』って来なくなったよな、
「ん、だって最近は勘に教えてもらってるから」
「…へぇ、勘右衛門が、ねぇ…」
「言いたい事があるならはっきり言おうな鉢屋」
「いんや、何も?そうかそうか、とうとうくっついたのか、お前ら」
「だったら良かったんだけどねぇ」
「…あれ、二人とも矢羽根飛ばしてる?なになにー?秘密の会話?」
「まぁそんな所かな。ね、鉢屋?」
会話の後半は自然と矢羽根になっていった。この野郎誰も相手にしてくれないからってまた絡んできやがって。性質の悪い酔っ払いかお前は。
余計な事を言われないうちににーっこりと極上の笑顔を鉢屋に向けてやると「…おう」と絞り出したような声で黙ってくれた。
もうそのまま黙っててくれそれで邪魔しないでくれ。
「勘、勘、ここ分かんない…」
「はいはい、何処が分かんないって?」
ぱっちりとした瞳をうるうるさせて、小動物を思い出させるような様子で聞いてくるから問題集を受け取って目を通す。
…全くもう、が俺の気持ちを理解してくれるのはいつになるんだろう。





飴の糖度が癖になる
(…俺が飴をあげてるのか、それとも)