「三郎お前ふざけんな、人の顔で何やってくれてんだよ!」
「何怒ってんだ兵助、俺はただ好きな奴に声も掛けられないシャイな友人の為に一肌脱いでやろうとだな…」
「本当に脱いでどうすんだよ!」
先刻まで俺の顔を無断使用してやがった三郎を自分の部屋まで強制連行してきたはいいものの、コイツは全く反省の色を見せようと
しない。
「あぁもう、俺があんな事する人間だって思われたらどうしてくれんだよ!」
「えー、別にいいんじゃね?」
「…火種と一緒に焔硝蔵にぶち込んでやろうか?」
「え、ちょ、冗談だよな兵助?目がマジなんですけど、いやちょっとしたお茶目心だったんだって本当だって!」
「なぁ雷蔵、アイツ今度は何やらかしたんだ?」
「兵助の顔でさんにちょっかい出したらしいよ」
「成程、そりゃ兵助が怒んのも無理ないな」
完全に高みの見物を決め込んだハチと雷蔵の言葉を聞きながら、俺は制裁を開始した。



「…ふぅ」
流石に火種と一緒に焔硝蔵に押し込む事は火薬委員として思い留まったが、それに見合うくらいきっちりと三郎をとっちめた俺は、
委員会の仕事のひとつである火薬の整理を行っていた。
今日は一、二年合同の実習があるらしく、タカ丸さんもそれに付いて行ってるらしいので俺以外に誰もいないこの空間は、音を吸収
されているかのように静かだ。
普段が賑やかな分、仕事は捗るのに何だか落ち着かないな。
そんな事を感じながらせっせと手を動かしていると、扉の開く音がした。
「すいませーん、山本シナ先生に頼まれて来たんですけどー」
「!」
その聞き覚えのある声に、思わず手に持っていた壺を落としかけた。
まさかさんがここへ来るなんて、え、ちょっとこれ現実だよな夢じゃないよな?
「あ、久々知君こんにちは」
「え、あ、あぁこんにちはさん」
「えっと、明日の授業でこの火薬を使いたいから貰ってくるように、って」
「ん、わかった。すぐ持ってくるから」
「お願いしまーす」
俺はさんから受け取った紙を見ながら、目当ての物が収納されている場所に取りに向かう。
それにしても、さんに火薬を取りに行くよう頼んでくださるなんて、山本シナ先生あなたは女神ですか。
紙に書いてある物を棚から取り出して戻ると、入口付近にちょこんと座り込んでいたさんが立ち上がる。
「これとこれだけど…、俺が運ぶよ、結構重たいし」
「え、でも仕事あるんでしょ?そこまでやって貰うなんて申し訳ないよ」
「いいからいいから。丁度暇だったとこなんだ」
「じゃあせめてどっちか片方…」
「別にこれぐらい、どうって事ないからさ」
「…じゃあ後で久々知君のお手伝いさせてよ」
「今日の仕事はもう終わらせたよ」
「………」
「俺が好きでやってるんだし、気にすんなって。で、何処に持ってけばいいんだ?」
「…あっち」
こんな機会滅多にないんだ、半ば無理矢理にさんを説き伏せて荷物を持たせて貰うと、彼女も反論を諦めて行き先を
教えてくれた。
「あ、ここだよ」
目的地は結構近く、食堂の新メニューの話だとか校庭に入り込んできた猫の話だとか、そんな取り留めのない話をしている内に
すぐ到着してしまった。
「ありがとね久々知君、ここまでして貰っちゃって」
「…あぁ」
指示された所に火薬の入った壺を置くと、にっこりと微笑んでお礼を言われる。
むしろこんな機会を享受出来た俺の方がお礼を言いたいくらいなのに。
こういう時にしか話し掛けられない情けない俺は、用事がなくともさんに話し掛けたり、あるいは悪戯を仕掛けられるような
三郎が、時々羨ましくなる。
「…じゃ、俺はこれで」
「ま、待って!」
もっと一緒にいたいという想いを胸に抱えつつも、一歩踏み出す勇気を出し切れない俺は焔硝蔵に帰ろうとすると、ぎゅっと袖を引っ張られた。
「あ、ご、ごめん…」
そんな思ってもみない出来事に俺が再びさんに向き直ると、彼女ははっと気が付いたように袖から手を離してきまり悪そうに目線を逸らした。
かと思えば、覚悟を決めたように手をぐっと握り締めて、強い瞳で俺をじっと見据える。
「あ、あのさ、もしよかったら今度の休み一緒に出掛けない?…その、今日のお礼させてほしいの」
「…え、いいの?」
「久々知君さえよければ」
「…それじゃ、ご一緒させて貰おうかな」
これは願ってもない状況だ。勿論断る理由なんか持ち合わせてない俺は、なるべく平静を装って了承の意を示した。



「…ってな訳でさ、今度さんと一緒に出掛ける事になったんだよ」
「へぇ、そりゃよかったな。俺はついさっき同じ話を聞いたばっかりなんだけどな」
兵助にボッコボコにされた後、懲りずに次の悪戯を考えながら長屋を歩いていた俺は、先刻までの怒りが嘘のように
上機嫌な兵助に捕まり、話に付き合わされた。
全く、揃いも揃って嬉しそうに話しやがって。
「…いい加減くっつけよな、お前ら」
天然過ぎるのも考えモンだよな、と俺は目の前の友人を見て、こっそり溜息を零した。





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