「ふー…」
誰もいない、静かな露天風呂に身を沈める。
今まで張り詰めていた緊張の糸も自然と解れ、疲れが抜けていくのを感じる。
こんなに落ち着いて風呂に入れる事なんて滅多にないし、たまにはこういうのもいいかもしれない。
今回の実習も順調だし、実習内容も俺にとってはいいものだし。
今日の事を振り返ると、自然と顔が綻ぶ。
今回の実習は、くのたまと二人一組になって夫婦を装い、この手紙をとある城まで届ける事だ。
道中は物売りの夫婦に扮し、日が暮れてきたので“忍”であると勘付かれないようにとこの宿に一晩泊まる事になった訳である。
勿論、この実習内容だからよかった、という訳じゃない。
今回俺が最もよかったと思えるのは、何と言っても……。
「あれ、兵助?」
そう、と組めたからなんだよな…って、あれ?何での声がこんな近くで聞こえるんだ?
遂に幻聴でも聞こえるようになったのかな俺、と思いつつも声がした方に顔を向けてみると。
「…っ」
思わず息を呑む。
ここは露天風呂だから、当然服なんか着ていない訳で。
普段は服で隠れている二の腕や太股が惜しげもなく外気に晒されていて、しかもが今身に纏っているのはたったの手拭い一枚だ。
手拭いがずれないようにと胸元を押さえているは、「へー、混浴だったんだねぇ、ここ」と周りを一頻り眺めた後、俺の気なんて露知らず、
あろう事か俺の隣に静かに浸かった。
「…あの、俺上がろうか?」
本音を言えば上がりたくなんてないのだが、がどう思ってるのかがわからない以上、一応尋ねておく事にした。
俺にとっては美味しい状況でも、にとってはそうじゃない可能性の方が高いし。
「私に気遣わなくてもいいよ?一応手拭い巻いてるし。…まぁ兵助が嫌なら止めないけど」
「…そっか」
嫌な訳あるか大歓迎だ!と叫びそうになったのを飲み込んで冷静な返事を返す。
言ってたら確実に変態扱いされるよな、言わなくてよかった。
「温まるねぇ」
「あぁ」
本当にいろんな意味で温まる。
流石にまじまじと眺めさせて貰う訳にもいかないので、バレないようにちらりと視線を隣へとやってみる。
まぁ、俺だっていわゆる“お年頃”な訳だし。
(…うわ、結構胸あるんだな)
意外とでかいんだな……って、何だよ“意外と”って!
普段からそんな、のむ、む、…胸の事考えてたって事か!?
…そ、そりゃやっぱり目が行くけど、さ。
それにしても俺の目って正直だな、なかなかから視線が外せない。
(…今だけ手拭いになれないかな)
無理だとはわかっているが、ついそんな事を考えてしまう。
邪魔なんだよ、と睨んでみても手拭いは何食わぬ顔でその特等席を陣取っている。
まぁ、当たり前なんだけど。
少し視線を上にやってみる。
髪が湯に浸からないようにと上の方で纏め上げられているため、普段は髪で隠れている項も顕になっていて、
更に身体が温まってきているのか、頬もほんのり桃色に色付いていて。
(…本当、このまま逆上せそう)
このまま見続けていると、何かいろいろとまずいような気がして、ぱっと視線を外した。
確かに俺の目にとってはこの上ない保養になるが、心臓は全然休まってくれない。
「…ねぇ、兵助」
「な、何だ?」
お年頃な健全男子の妄想ワールドを脳内で繰り広げている時に突然呼び掛けられ、思わずびくっと身体が跳ねた。
「これって俗に言う裸の付き合いって奴だよね」
「…っ」
わかってる、確かに言いたい事はわかってる、けど。
改めてそう言われると何て言うか、あぁもう察してくれよ!
「あとはお酒があれば言う事ないんだけどなー。折角の裸の付き合いなんだし、この機会に兵助酔わせていろいろ
聞き出したかったのに」
「それ明らかに俺損だよな、お前酒強いだろ」
「だって兵助ってば口堅いんだもん、普通に聞いたって答えてくれないでしょ」
「…そんなに俺の事知りたいの?」
「知りたい!」
「…じゃあ、ひとついい事教えてやろうか」
この時の俺は、完全に熱さにやられていたのだろう。
を引き寄せて、正面から向かい合う。
「へ、兵助…?」
「なぁ、俺だって男なんだよ」
身の危険を感じたのか、は肩を跳ねさせて後退ろうとする。
だけど悪いな、もう逃がすつもりなんかこれっぽっちもない俺は片腕をしっかりとの背中に回してそれを阻止する。
「な、な、な…っ!」
「なぁ、」
普段より低めの声で呼び掛ける。
「こんな物、裸の付き合いには要らないだろ?」
先程まで桃色だった頬を、林檎以上に真っ赤に染め上げたに巻き付いた手拭いに手を掛け、舌の回らなくなっている彼女に
そう告げると、俺は邪魔者を彼女から引き剥がしにかかった。





邪魔なのはその手ぬぐい

(たった布切れ一枚が疎ましい)