「…これでよし、と」
焔硝蔵で一人在庫確認をしていた俺は、きちんと戸締まりを確認してから蔵の外に出た。
外はすっかり闇に包まれていて、辺りは静まり返っている。
そりゃそうだ、こんな時間にわざわざ焔硝蔵に来る人間なんてそうそういない。
さっさと自室に戻って一休みするか、そう考えて焔硝蔵の鍵を掛けていたその時。
「久々知くーん」
「ん?」
上の方から自分を呼ぶ声が聞こえたので見上げてみると、先程まで俺が作業していた焔硝蔵の屋根の上に、
どういう訳かがいた。
「お疲れ様、これあげる」
頑張った久々知君へのご褒美、そう言って投げられたのは可愛らしい布袋だった。
開けてみると、色取り取りの小さな粒がいくつか転がり出てきた。
「…金平糖?」
「七夕だからね。星みたいでしょ、それ」
確かに、と納得しかけた所で、もっと気にするべき点がある事に気が付いた。
「ところで、そんな所で何やってんだ?」
「ここなら誰も来ないでしょ?折角だからここで静かに星見ながら金平糖を食べようと思ってね。久々知君も来たいなら
裏に回るといいよ、梯子かけてあるから」
…静かに星を見る、か。にとっては恐らく金平糖の方がメインなんだろうけど。
どちらにしても、特に断る理由を持ち合わせていない俺は、素直にその言葉に従おうと裏へ回った。
俺が登っていくと、は笑顔で出迎えてくれた。
彼女の周りには金平糖の入っているらしい袋や色取り取りの紙が散らばっていて、七夕を存分に満喫している事が窺える。
俺が来た事を確認したは、俺が座る場所を作るためであろう、少し荷物を片付けてくれたのでそこに腰を下ろす。
「あ、久々知君も短冊書く?いっぱい持ってきたからさ、遠慮なく使ってくれていいよ」
はい、と綺麗な紙と筆を手渡された。
…願い、ねぇ。
願いはあるが、果たしてここで書いていいものかどうか。
「…なぁ、は何願ったんだ?」
「私?私はねぇ…」
考え続けていると抜け出せなくなりそうなので、に話を向けてみる。
彼女は俺の問い掛けに、文字を書いてある面を自分に向けて、願いを記したらしい短冊を扇状に広げてみせた。
「委員長が私を実験台にしなくなりますように、喜八郎が私を穴に落とさなくなりますように、あと兵太夫が私を
カラクリ部屋に強制招待しなくなりますように」
「…あれ、最後の一枚は?」
が持っている短冊は四枚、教えてくれた願いは三つ。
つまり、願い事の数が一つ合わない事になる。
「え?…あ、あぁこれはいいの、気にしないで」
恐らくその願い事が記されているのだろう、短冊を一枚抜き取ると懐にしまいこんでしまった。
「そ、それより久々知君は何か願わないの?願うのはタダなんだからさ、叶ったら儲け物だよ」
私の願いは叶いそうにないけど、とは付け加える。
「…随分苦労してるんだな」
「…はは、もう慣れたよ。巻き込まれたい訳じゃないけど、これはこれで楽しいし」
そう言って笑うは、確かに嫌がってる訳じゃなさそうだ。
…「願うのはタダ」か、それなら願わせてもらおうか。
「…決めた」
目の前の短冊に筆を走らせ、に突き付ける。
「…なぁ、この願い叶えてくれるか?」
「…ずるいよ、久々知君」
俺の願いを見て、はそっぽを向いてしまったかと思うと、先程は見せてくれなかった最後の短冊を見せてくれた。
「…私の方が先に書いたのに」
「じゃあ、思い切って書いた甲斐があったかな」
ここまで来たら、もう躊躇いなんてない。
一呼吸置いてから、今度は直接自分の口で告げた。
「…俺と、付き合ってくれませんか」
一筆入魂、願いはひとつ(この想いを伝えたい、と)