「えーっと…兵助?兵助くーん?」
「うーん…」
人の肩口に遠慮なくのしかかってくる兵助に呼び掛けてみるも、はっきりとした返事は返ってこない。
顔はタコを彷彿とさせるくらい真っ赤に染め上がっていて、ぐったりと全体重を私に預けている。
「ありゃりゃ、ちょーっと兵助には刺激が強かったのかな」
…つまりは、人を巻き込んで完全に逆上せてくれちゃったという訳だ。
「全く、人の手拭い取るだけ取っておいて…」
つい先刻の男らしい兵助は何処へやら、完全に力の抜け切っている彼から手拭いをひょいと奪い返して、入ってきた時と同じように
自分の身体を覆い直す。
…それにしても、先刻のは反則だよ…。
私はつい先程の、今私の肩に乗っかってぐったりしている兵助とのやり取りを思い返す。
「なぁ、俺だって男なんだよ」
いきなり引き寄せられたかと思ったら、真剣で、だけど何処か切羽詰まったような表情をした兵助がいて。
見た事のない表情を浮かべた兵助に、ちょっとときめいたのも確かだけれど、何となく、本能的に距離を取らなきゃ、と思った時には
兵助の腕にがっちりと拘束されていた。
そしてそのまま手拭いに手を掛けられ、奪い取られてしまった訳なのだが、問題はここからだ。
…いや、兵助の行動自体にも問題大アリなんだけど、とりあえずそれは一旦置いておこう。
手拭いを奪い取った兵助が、ごくりと喉を鳴らした音が聞こえたと思ったら、そのままぐらりと私の方に身体が傾いてきて。
…で、今に至る、と。
元々私より先にお湯に浸かっていた訳だし、湯あたりを起こしてしまったのだろう。
ほっとしたような残念なような、そんな複雑な思いを抱えつつ、とりあえずこの状況をどうにかしなきゃ、と溜め息を吐いた。



「…ん…?」
目を開けると、一番に見慣れない天井が目に入ってきた。
身体は何処となく気だるくて重いけど、頭はひんやりとして気持ちいいし、横から程よく吹いてくる風も心地いい。
何でこんな所にいるんだ、という疑問が頭を過ぎったが、すぐに先刻の事が脳裏に蘇ってきて、思わずがばりと飛び起きた。
どうやら頭がひんやりしていたのは、湿らされた手拭いが載っていたからのようで、起き上がった拍子にそれが落ちてきた。
俺は確か風呂に入ってて、それで…。
「はーいもうちょっと横になっててねー」
先程感じた風は彼女が扇いでくれていたのだろう、団扇を手にしたに布団へと押し戻される。
その後、落ちた手拭いを手元にあった水桶に浸して、絞り直してから俺の頭に載せ直してくれた。
「…えっと、」
何て切り出そうか考えあぐねていると、俺の言いたい事を察してくれたのだろう。
はふぅ、と一息吐いてから答えてくれた。
「お風呂場で人の手拭い取ったかと思えば倒れてくれちゃったんだよ、それも私を下敷きにして」
…あぁ、やっぱり俺の記憶違いじゃなかったんだな。夢だったら良かったのに。
先刻の自分の行動を思い返すだけで、逆上せたまま湯船に沈んでた方が良かったような気がしてきた。
ここから逃げられるのなら、例え綾部の穴の中に落とされようと笹山のカラクリの実験体にされようと、笑って許せる自信がある。
多分今、、俺の顔はこれ以上ないくらい真っ赤になっているだろう。
「…頼むから全部忘れてくれ」
「無理」
決まりが悪すぎての方を直視出来ず、目を逸らしてやっとの思いで声を絞り出すも、すっぱりと一刀両断されてしまった。
あぁもう、何を血迷ってあんな行動したんだ俺!
「…あんな顔見せられて、忘れられる訳ないじゃない」
「…え?」
予想を遥かに飛び越えた言葉が聞こえ、の方へと視線を戻すと、俺と負けず劣らずくらいに頬を染め上げているのが目に映った。
…これは、期待してもいいのだろうか。
「え?わっ」
の腕を引っ張って布団の中へと引き摺り込み、その細い体をぎゅっと抱き締める。
「へ、兵助、」
「なぁ、」
あぁ、俺今絶対顔真っ赤だし、このうるさいくらいの心音も彼女に聞こえてるんだろう。
どうか、俺の勘違いなんかじゃありませんように。
「…期待しても、いいのか?」
先刻もそうだが、はそこまで抵抗しようとはしなかった。
俺の身体が言う事を聞いてくれないって事もあるが、今なんかそこまで力入れてないのに。
「…いいんじゃないかな」
そう言って柔らかく笑ったと目が合う。
彼女を抱き締める腕に少し力を込めると、俺は引き寄せられるようににそっと口付けた。





その熱量、測定不能

(熱に浮かされるのも、悪くはないな)