冬休み、本来なら帰途についているはずの今、俺とは人もまばらな学園でのんびりと過ごしていた。
別に補習や鍛錬、委員会活動の為に残っている訳じゃない、地元の天気が大雪らしいので帰るのを断念したのだ。
「兵助、出来たよー」
「ん、ありがと」
食堂のおばちゃんもいないので、休み期間中は自炊しなければならないのだが、「一人分作るのも二人分作るのも変わらないから」と俺の分も作ってくれるの元に行くと、食欲をそそるいい匂いがしてきた。
勿論手伝いを申し出たのだが、俺に手伝わせると豆腐だらけになるからと断られたので仕方なくが料理しているのを眺めていたのだが、ちゃんと毎食豆腐を添えてくれるあたり、彼女の優しさが窺える。
がご飯を作ってくれてるのをまるで新婚みたいだ、なんて思って眺めていたという事は俺の心の中に留めておく事にして、今日のメニューを確認する。
「おぉ、美味しそう」
「褒めても何もサービスしないよー?…あぁ、でも少しくらいは豆腐増やしてあげようか」
「え、いいの?ありがとう
思った事を率直に言っただけなのだが、褒められて悪い気はしなかったのだろう、は軽く笑って豆腐を多めに盛り付けてくれた。
普段はどんなに見た目が美味しそうでも中身にとんでもない物が入ってるからと注意しているくのたまの料理であるが、今回は安心して食べる事が出来そうだ。
…まぁ、から渡された物なら下剤入りだろうと痺れ薬入りだろうと喜んで食べるんだろうけどな、俺は。



「美味しいよ」
「本当?良かったぁ」
料理を一口、口へと運んでみると、が不安げに俺の様子を窺っている事に気が付いた。
そんなに心配しなくても美味いのになぁ。
正直な感想を口にすると、それを聞いて安堵したのか笑顔を浮かべた。
「…嫁に貰うなら、やっぱり料理上手な人がいいな」
「!…わ、私は優しくて頼りになる旦那さんがいいか、な」
「(…優しくて頼りになる、か)」
「(わ、私食堂のおばちゃんに弟子入りしようかな…!)」
遠回しに一歩踏み込んでみたけれど、どうも気付いて貰えなかったみたいだ。
はっきり言わなきゃあいつにゃ伝わんないぞ、と三郎に言われた事を思い出す。
それが出来たら、こんなに苦労してないさ。
期待を込めての方へと目線をやってみるも、いきなり振られた話題に付いてこれなかったのか少し固まった後に答えを返してきた。
妙な沈黙が俺達の元を訪れる。やっぱり変な事言うんじゃなかったか、失敗したな。
何でもいい、とにかく別の話題に持ってかないと、と頭をフル回転させて興味を持ってもらえそうな話題を必死に探してみる。
と、も俺と同じ事を感じていたのだろう、「あ、そうだ、」と思い出したように唐突に声を上げた。
「あのね、兵助とお正月過ごすなら姫始めをするといいって言われたんだけど」
「…!」
あまりにも想定外の発言に、思いっ切り咽せてしまった。
苦しそうにげほごほ言っている俺に「大丈夫?」とお茶を差し出してくれるのはありがたいが、優しくしてくれるなら咽せる原因を作らないでほしかった。
ちょっと咳が収まって落ち着いてきた頃、俺の背中をさすりながらは話を続ける。
「何かお正月の行事のひとつらしいんだけど、皆内容は教えてくれなくってね。『兵助に聞けば分かる』って」
「ね、どんな事するの?」と興味津々に聞いてくるは、本当に知らないのだろう。
目の輝きがそれを物語っている。
…全く、余計な事を吹き込みやがって、あいつらめ。
三郎やハチの意地の悪い笑みと雷蔵や勘ちゃんの苦笑が目に浮かぶ。
皆俺の恋を応援したいのか邪魔したいのか、一体どっちなんだ。
確かに姫始めがどんな事をするものなのかは知ってるけど、自分の想いすらまだ満足に伝えられてないこの俺が、よりにもよってその好きな女の子に
そんな事説明出来るか!
「えーと、その…」
「うんうん」
「…あー、あの、やっぱり俺から聞かない方がいい、かも」
「えー、兵助も教えてくれないの?」
いくら期待を込めた瞳で見つめられても、いや、だってその、…ねぇ?
…まさか閨事をするだなんて、言えないよなぁ…。
を相手にしたその情景をほんの少しでも思い浮かべてしまった自分の想像力が恨めしい。
顔に集まったこの熱をどうしてくれよう。
「えぇとね、恋人が出来た時に聞くのが一番いいと思うよ?」
その恋人が俺だったらいいんだけれど。自分で言っておいて複雑な気持ちになる。
第一、俺が教えた所で「じゃあ、姫始めしよっか」なんて展開になる訳じゃあるまいし。
なったとしたら、ただの夢か俺の儚い妄想か級友の悪戯か、の三択だ。
現実がそんなに甘い物だったなら、俺はたった一言を告げるのにこんなに苦労してないさ。
よし、これでこの話題は終わりかな、と考えられる中で最も無難な回答を選び取った俺は、一安心して今度は落ち着いて豆腐を味わった。
やっぱりいつ食べても豆腐は美味しい。
「…兵助が一番適任だと思ったから聞いたんだけどな」
…えぇと、ちょっと待ってくれ。
何処となく寂しげに呟かれたその言葉は、はっきりと俺の耳に届いた。
俺は、その言葉を都合良く解釈してもいいのだろうか。
…いいさ、勝手に期待させてもらうからな。
「…ご飯食べ終わったら俺の部屋に来てよ。が知りたいなら教えてあげる」
より一足早く食事を終えた俺は、空になった食器を片付けるべく席を立つ。
声が震えたりしないように努めて落ち着いて、何とかそれだけを告げた。
もし部屋に来てくれたら、勇気を出してありのままの想いを伝えようか。
まずは逸る鼓動をどうにかしよう。
ぎゅっと汗ばむ手を握り締めた。





秘め事、姫事

(まだ格好良い王子様には程遠いけど、これから頑張るから)




「…で、どうだった?大人の階段は登れたのか?」
「出来る訳ないだろ!…そう言えば、お前にどんな説明したんだよ、『…餅つきとかそんな感じの事するんだと思ってた』って言われたんだけど」
「より仲を深めるための年明け初の共同作業」
間違っちゃいないだろ、としれっと言う三郎に、悔しい事に言い返せなかった。
結局お正月は餅つきしたり火鉢の前で暖を取ったりしてのんびり過ごす事になった。
いくら焚き付けられたとはいっても、流石に姫始めは…まぁしたくない訳じゃないけれど急ぐ必要はないし、次の機会に出来たらいいなとか考えたり考えなかったりだ。
まぁ、また機会があるさきっと。
「でも兵助頑張ったよなー、あのシャイな兵助がなぁ…」
「…三郎もハチも、余計な事しか言わないその口を今すぐ閉じようか」
「まぁまぁ、とりあえず無事に告白出来て良かったじゃない、兵助」
「うーん、娘を嫁に出すってのはこんな心境なんだろうなぁ…」
「ありがとう雷蔵、で、俺娘なの勘ちゃん?」
皆俺の恋路を面白がってる感が否めないが、まぁ結果として両想いになれたのでよしとしよう。