「んー…どうしようかなー」
「朝っぱらからお願いしちゃってすみませんね、タカ丸さん」
「んーん、ちゃんの髪綺麗だからね、いじれるの凄く楽しみにしてたんだ」
早朝、重たい瞼と格闘しながらやって来たのは、現在お父さんのお店で美容師見習いをしている高校の時の先輩、タカ丸さんの所だ。
言葉通り、ああしようかなこうしようかな、と私の髪型を考えるタカ丸さんの表情がきらきらしているのが鏡越しに窺える。
というのも、お酒も煙草も何の気兼ねもなく嗜める年齢になった私の参加する式典、いわゆる成人式の日のヘアメイクをどうしようか悩んでいたら、
「だったら僕に任せてよ」と快く引き受けてくれたからだ。
私としても、顔見知りであるタカ丸さんにやってもらえた方が安心感もあるし、それに何よりタカ丸さんの腕前はよく知っているのでとてもありがたい。
「さ、とびっきり綺麗にしてあげる」
「絶対兵助君に“綺麗だよ”って言わせてみせるからね」と悪戯っぽく笑ったタカ丸さんには、どうやら私の心はお見通しのようだ。



「はい、こんな感じでどうかな?」
「わぁ…!何か自分じゃないみたいです」
「気に入ってもらえてよかったぁ」
「ありがとうございましたタカ丸さん!」
「どういたしまして。…あ、後でちゃんと振袖姿見せてよ?本当は僕も着付け出来るんだけどねぇ、兵助君が恐いから」
「何言ってるんですか、タカ丸さんに着付けをお願いしたら私が“視覚の暴力って知ってるか?”ってあの整った顔面殴り飛ばしたくなるような事言われるだけですよ」
「…素直じゃないねぇ、兵助君も」
それじゃ楽しんでおいでねー、とタカ丸さんに見送られ、振袖を装備しに向かった。



「…一瞬誰かと思った」
「…お世辞でも褒めるつもりはない訳だね、よーく分かった」
振袖を着付けてもらい、外見だけは大和撫子に見えるように完全武装した私を見るなり、兵助は開口一番にそうのたまった。
そうか、「馬子にも衣装だ」とかそれくらいにしか思ってくれないのかこの男は。
「いや、だって見違えるくらい綺麗になってるし」
「…この無自覚男前が」
かと思えば殺し文句が飛んでくるし、私の心臓に悪すぎる。
しかも私の心臓を急がせている要因は言葉だけじゃない。
「兵助、何でそんなにスーツ似合ってるの…!」
必殺仕事人、という煽り文句がしっくりきそうなくらいに、兵助のスーツ姿は板に付いていた。
褒められて悪い気はしなかったのだろう、兵助は照れをごまかすためか右手の人差し指で軽く頬を掻いた。
「…そんなに見つめられても困るんだけど」
「いや、だってその色気は反則だって!いいなぁ兵助のスーツ姿いいなぁ…」
分かってる。私の発言が変態染みているのは重々承知している。
だけど、だけどっ…!
本当に似合いすぎなんだから仕方ないじゃない!
「…俺と結婚すれば、毎朝でも見れるようになるだろ」
「そうだよね、兵助のお嫁さんになれる人が羨ましいよ」
「そのつもりで言ったんだけど?」





特別を日常へ

(…あれ、私プロポーズされてる?)

「だから、毎日俺のために豆腐料理作ってくれな」
「ごめんちょっと考えさせて」