「…なぁ」
「なぁにー?」
人の部屋のソファで遠慮なく寛いでいる幼馴染に声を掛けると、何とも間延びした調子で返事が返ってきた。読んでいた本から顔を上げたの視線を感じながらも、俺は目の前のテーブルを見つめた姿勢を変えずに続ける。
「あのさ、バレンタインの時に俺にチョコ作ってくれたよな」
「ほとんど兵助が作ったようなものだけどね。手伝って貰ってようやく完成した訳だし」
本当は自分一人で作って渡したかったんだけどなぁ、とははにかんだように笑う。…本人は隠してるつもりだろうが俺は知っている、料理の腕が壊滅的な彼女がちょっとずつでも苦手を克服しようとこっそり練習している事も、実際にちょっとずつ腕を上げているという事も。
これは近いうちに俺が食事を作らなくても良くなりそうだな、と思うと少々寂しくもあるけれど、にとってはそっちの方がいいだろう。俺みたいなお目付け役がいたんじゃ、まともに恋の一つも出来ないだろうしな。
大学の近くのマンションで一人暮らしを始めてからも、何の因果かお隣さんという関係になったについつい世話を焼きすぎてここまで来てしまったが、彼女に恋人が出来てしまったりしたらそういう訳にもいかないだろう。
…本音を言うなら、このままでいたい所なんだけどな。
から頼りにされる機会が減れば、それだけ彼女との関係も薄れていくような気がする。幼馴染ってのはそんなもんだろう。の料理の腕が上がって困るのは他でもない、この俺だ。
「でもまぁ、貰った事に代わりはない訳だし、それでお返しを用意してみたんだけどな」
「え、」
の目が期待に満ちたものに変わる。そこまで喜んでもらえると、俺も用意した甲斐があるというものだ。
「いやぁ、“ホワイト”デーって言うくらいだから白いものがいいんじゃないかと思ってだな、」
「もし豆腐だったら貰った瞬間に私から兵助への贈り物に変わるから」
「…まぁそれは冗談としてだな」
「絶対本気だったよね」
まぁ年中冷蔵庫の中に入ってるから、もしここで喜んで貰えるならその“白いもの”を出してもいいのだが、今は出番じゃないだろう。
間髪入れずに切り返してきたに、流石にいくら俺でもそんな事しないぞ、と一応返しておく。
それにしても何でホワイトデーは豆腐をプレゼントする日じゃないんだろう。いいと思うんだけどなぁ、ホワイトデーにプレゼントする豆腐、名付けてホワイト豆腐。純白の豆腐にぴったりの日じゃないか。
「兵助だけね。声には出てなくても全部顔に出てるから」
「…まぁそれは置いといてだな、ほら」
豆腐とは別に、ちゃんと準備しておいたプレゼントを差し出すと、わぁありがとう、と先程俺に突っ込みを入れていた表情からぱっと笑顔に代わり、「開けていい?」という問い掛けと同時に包装を解き始めた。
「…こっ、これは…!」
「この前欲しそうにしてたから、さ」
「カピバラさんじゃないか…!ありがとう兵助ー!」
もふもふだぁ、と言いながら早速顔をぬいぐるみに埋めるに贈ったのは、動物のぬいぐるみだ。以前一緒に買い物に出た時に、つぶらな瞳の可愛いその小動物のぬいぐるみと睨めっこしてたのを覚えてたので贈ってみたのだが、予想以上に喜んでくれた。小動物大好きだもんなぁ、背の低い後輩をやたら可愛がったりもするし。小柄な同級生にも「ちっちゃいなぁ可愛いなぁ」って連呼しながら抱き付いて「きっとこれから伸びるもん!」って怒られてたっけ。
「あとだな、今日の晩ご飯は何でも好きなものリクエストしてくれていいぞ」
「本当!?じゃあねぇ…」
とりあえず今はこの立場に甘んじて、何にしようかなぁ、と思案を巡らせるのために頑張って腕をふるうとするか。
この瞬間、プライスレス(お金で買えるものだけが、プレゼントじゃない)