「…ねぇ、また久々知君の事見てるよ?」
忍たまとの合同実習なだけあって、ここにいるのはくのたまの上級生と忍たまの五年…今回はい組か、それだけの大人数が勢揃いしている。まだ授業は始まらないので仲のいいメンバーで話に花を咲かせている人が殆どで、がやがやと落ち着かない感じだ。久々知君が何処にいるかすらも分からない私はとりあえず友人に示された方向に目を向けてみる。確かにそこには久々知君がいたのだが綺麗な黒髪しか目に入らなかった。全く別の方向見てるじゃないか。言われてみれば視線を感じたような気はしたのだが、これだけ人がいるんだ、やっぱりただの気の所為だったのだろう。私はあの戦輪使いの後輩とか、火器大好きな後輩とかと違ってそこまで自意識過剰じゃない。
「気の所為だよ、これだけ人がいっぱいいるんだし」
「そんな事ないって!だってが久々知君の方見るまで食い入るようにじーっとこっちの方見つめてたもん。すっごく熱っぽい視線だったよ」
「だって別に私久々知君とそんなに接点ないし、考えすぎだってば。…あ、それとも気付かない間に何か久々知君の気に障る事しちゃったのかなぁ」
「そういう類の視線じゃなかったけどなぁ…」
「だって実習とかでたまに一緒になった時とか、他のくのたまの子とペアになった時には少しくらい世間話にも付き合ってくれたりするらしいのに、私と一緒の時は本当に必要最小限の事しか話し掛けてこないし、こっちから世間話持ち掛けてみても簡潔な返事しか返してくれないし、逆に嫌われてるような気がするんだけど」
私の返答に納得してくれなかったのか、「あれは絶対に気があるんだって!」と力説する友人の話を聞き流しつつも、私が久々知君に仕出かした所業を洗い出そうと必死に記憶を辿る。
「…あのさ兵助、そんなに熱っぽい視線送り続けるくらいなら思い切って声掛けてみた方が今の状態よりは絶対にいいと思うぞ、俺は」
一方、話題に上っていた視線の持ち主、久々知兵助はどうなのかと言うと。
「そんな事言ったって、俺さんに話し掛けられるくらいの接点を持ってる訳じゃないし、それにどんな話すれば興味持って貰えるのかとかも全然見当付かなくて…。それにいきなり話し掛けて怪しまれたりしたらそれこそ今後どうすればいいのか…」
「…言っとくけど今の状況の方がよっぽど怪しまれてると思うぞ、視線には気付いてたみたいだし」
「えぇぇ、どうしよう勘ちゃん、俺どうすればいい!?」
「とりあえず普通に話し掛ける所から始めなよ、普段俺達と話すみたいにさ」
「…努力はしてみるけど」
いっその事俺がさんと仲良くなって兵助紹介した方が早いんじゃないかな、という考えが勘右衛門の頭に思い浮かぶくらいに兵助は煮え切らない態度だ。
…とっとと進展してくれないかな本当に。見てるこっちが焦れったい。そう思いながらも勘右衛門はどうすれば上手く兵助とさんを同じペアに出来るかな、という事に思案を巡らせる。
「、!私尾浜君とペアだって!やりやすいわぁ、尾浜君優秀だし」
「よかったねぇ。私は誰だろう、私もやりやすい人がいいなぁ」
周りをきょろきょろと見回して札に描かれた数字を覗き込む。私と同じ数字の札を握っているのは一体誰なんだろう。それによって今日の実習の明暗が決まってしまうので、これはとても重要だ。相性のいい人と組んだ方が私としてもやりやすい。
周りがペアの相手をどんどんと見つけていく中、後ろから遠慮がちに声が掛けられた。
「…あの、さん、その、俺と一緒」
「え?…あ、久々知君十二番?」
「うん」
…相性のいい人と組んだ方が、やりやすいのになぁ。大事な事なのであえてもう一度言ってみる。
まさか先刻の話題の中心人物と同じペアになるだなんて、なんという運命なんだろうか。気になって気になって仕方ないじゃないか。これで実習に集中出来なかったらどうしてくれる。
「…あの様、お願いです代わって頂けませんか…?」
「い、や、だ!丁度良いじゃない、さっきの視線の事聞いてみたら」
そんなの面と向かって聞ける訳ないじゃないか。それこそ勘違いだったらもう穴掘って埋まりたい。そのまま引き籠る。「それに久々知君優秀じゃない、そんな当たりくじを手放すつもりなの?」と無情にも友人に押し出されて久々知君の前に出る格好になってしまい、もう引っ込みはつかなくなってしまった。
「…えぇと、あの、よろしくね久々知君」
「…こちらこそ」
視線を合わせてすらもらえず、簡潔な返事が返ってきた。私本当にやっていけるんだろうか。これは気付かない内に久々知君に何かやらかした説が段々有力になってきたぞ。
「きょ、今日はいい天気だよね!」
「そうだね」
「今日の実習頑張ろうね!」
「そうだね」
「…夕飯に豆腐料理出るといいね」
「うん、楽しみ」
実習が始まってから、指定された持ち場に着くまでにいろいろと話し掛けてみたが、返ってくるのは決まって一言だ。
何という会話の弾まなさだろう。簡潔どころか適当にあしらわれてる感が否めない。この会話を是非ともに聞かせたいものだ。そしたら誤解もするりと解けるだろう。
いっその事無視してくれた方がまだ気が楽だ。この優しさが却って辛い。
私の心境などお構いなしに実習開始の時刻は刻一刻と迫ってくる。…本当に、私は何を仕出かしたんだろう。ちゃんと謝るから許してほしい。
だけど、実習が始まってしまえばそんな事を考えてる暇もなく、課題をこなさなければいけない訳で。
「どう、何か収穫あった?」
周りの偵察から戻ってきた久々知君は、無言で懐の中から何枚かの札を取り出す。
「向こうから襲ってきたから、ついでに奪わせてもらった」
ひい、ふう、み。…三枚もか。優秀だと名の知れた久々知君に果敢にも挑んだ勇者が三組もいるのか。ご愁傷様。
今回の実習は、指定された枚数分の札を集めてゴールを目指すという、言わば障害物競走と借り物競争を合わせたようなものだ。まぁ、借りるのではなく奪うのだけれど。
「私の方は、上手く罠に嵌まってくれたから」
先刻奪えた一枚の札を久々知君に見せる。ただ罠を張って待ってるだけじゃ指定枚数を集められるかどうか分からない。だから一旦別れて私は罠を張って待機、久々知君は情報収集兼奪えそうなら札を奪う、という戦略を採る事になった。
「これで四枚か。俺達が最初に渡された札を合わせれば五枚だな、これで条件クリアか」
指定枚数は組によって違うのだが、私達の組に課された枚数は五枚。一組につき最初に一枚の札を渡されるのだからこれはかなりの枚数だろう。それをすぐに集めるなんて、久々知君凄いなぁ。確かに当たりくじだ。
それじゃ、後はゴールへ向かおうか。そう言うや否や、すっと背中を向けてさっさと久々知君は歩き出す。
久々知君と組むと実習が確かにスムーズに進むし、頼りにはなるんだけど、私が足を引っ張ってばかりな気がして居た堪れなくなる。ひょっとしてそれで「もっと優秀な子と組みたい」とか思われてるんだろうか。その可能性は高そうだ。私全然役に立ってないし。
…この実習が終わったら体育委員長にでも弟子入りして特訓してもらおうかな。無事に帰って来れるかどうかも怪しいようなレベルの特訓になるだろうが、それくらいしないと駄目な気がする。
そんな事を考えながら久々知君の背中を見失わないように慌てて私も歩き出す。
…と、その時。私の足元の地面が急に消失した。
「え、」
どすん。衝撃が下半身から伝わってくる。見上げると、先刻まで私が立っていた高さの地面が上にあった。どうやら穴に落ちたらしい。そう言えば昨日は四年が似たような実習やってたんだっけ。確か四年には穴掘りの好きな忍たまがいたはずだ。多分その子の作った罠が残っていたんだろう。まさか下級生の作った罠に掛かるなんてなぁ。本当に鍛え直さないと。
あまりの自分の不甲斐なさに、じわりと涙まで浮かんできた。
「大丈夫!?」
落下音を聞いてわざわざ戻ってきてくれたんだろう、穴の中に影が出来る。まさか私がこんな所で罠に掛かるとは思ってもなかったのだろう、こんなに焦燥感を表に出した久々知君なんて初めて見たかもしれない。
「大丈、…っ…」
最後まで言葉は続かなかった。どうやら変な着地の仕方をしたようで、立ち上がろうとしたその足に激痛が走った。再びその場に座り込む羽目になる。
「…大丈夫じゃなさそうだね」
よっ、と。そんな声が聞こえたと思ったら、久々知君が目の前にいた。
「え、え?久々知君?」
「ちょっと見せて」
「うぇっ!?」
私の答えを待たずして、何の躊躇いもなく久々知君は怪我した方の袴を膝辺りまでたくし上げ、まじまじと眺め回す。あまりにも唐突だったので奇声を上げてしまった。
…怪我の様子を見てるだけだとは分かってる。分かってはいるんだけど、結構恥ずかしいぞこれ。そのまま後ろに退がってその視線から逃れたい衝動に駆られたが、動くに動けず私の熱が増すだけに終わる。だって久々知君目力あるんだもん、綺麗な顔立ちしてるし意識してしまうのも不可抗力というものだ。
「ごめんね、今綺麗な布持ってないから、とりあえずこれで我慢して」
怪我の程度を確認し終えたらしく、久々知君が顔を上げたので、やっと解放されたかと思ったら。
自分の頭に手を伸ばしたかと思うと、しゅるり、と頭巾を外した久々知君は、そのまま思いっ切りその布を引き裂いた。
「え、えぇ!?久々知君一体何して、」
「言っただろ?俺今他に布持ってないから」
細く長く藍色の頭巾を破り終えると、「ちょっとこっちの足上げて」「…う、うん」と私に少し足を上げるように促して負傷箇所に丁寧に巻いてくれた。
「…よし、取り敢えずこれで一先ずはいいかな。布きつくない?大丈夫?」
久々知君の応急処置は完璧だった。軽く頷くと、穴から脱出するべく力を貸してくれた。何とか久々知君の助けのお蔭で狭い空間から元の地面に戻る。
「…あの、私の事は気にしないでいいから、先に行って?ペアの内のどっちかがゴールすればいいってルールだし、この怪我じゃ足手纏いにしかならないし…。手当てしてくれてありがとね」
手負いの者は見捨てるのが忍者としての定石だ。私だって邪魔になんかなりたくない、私の持っている分の札を全部久々知君に差し出してそう申し出る。
当然久々知君もそうすると思っていた。…だけど。
「行ける訳ないだろ!」
返ってきたのは予想に反してノーの返事だった。今まで淡々と、静かな声音で話していた久々知君がこんなに大声を張り上げるなんて。
久々知君もその自覚があったのか、自分を落ち着かせるかのように一度大きく息を吐く。
「…実習よりさんの方が大事だよ。確かにこれが本番なら俺の行動は忍者として間違ってるかもしれない。だけどこれはあくまで実習なんだ、本番じゃない。善法寺先輩じゃないけど、怪我を甘く見て実習ごときで無茶して、それで今後に影響でもしたらそれこそ本末転倒だ」
とりあえずはゴールを目指そうか、ここからだとそっちの方が近そうだし、救護所もあるだろう。そう言うと、久々知君は私の前に屈んだ。
恐らくは、「乗れ」という意思表示なのだろう。どうするべきか悩んでいると、「おぶられるのが嫌なら米俵みたいに担いでくけど」と譲歩になっていない譲歩をされた。
「だけど、折角札集めたのに…!」
「米俵も嫌なら…何があるかな、肩車でも別にいいよ」
どうやら「私を見捨てる」という選択肢は彼の中にはないようだ。これ以上予想の斜め上を行く運ばれ方を持ち出されても困るので、大人しくその背中に甘える事にした。
軽々と私を持ち上げると、何も負担がないかのようにまた普通に歩き始める。線細いのに何処にそんな力があるんだろう。落ちるのは嫌なので肩に掴まらせてもらう。
どうやら患部に響かないように気遣って運んでくれているようで、足も大分楽だ。
「…ねぇ久々知君、どうして私にここまでしてくれるの?」
話し掛けてみても一言二言しか返事をしてくれないし、愛想よく応対してくれる訳でもない。どう考えても嫌われてると思ったのに。
言外にそう含ませて問い掛けてみると、いつもすっぱりと物を言う久々知君にしては珍しく、歯切れの悪い返事が返ってきた。
「…俺も分からない。本来なら見捨てるって選択肢も検討すべきだと思うんだけど、でもあのままさんを置いていきたくなかったんだ」
忍者失格かもしれないけどね、と久々知君は付け加える。軽く笑ったのが振動で伝わってきた。
「上手く言えないけど、俺の中で実習よりもさんの方が価値が高かった、って事かな」
「…話し掛けても素っ気ない返事しか返してくれないし、私、てっきり久々知君に嫌われてるのかと思ってたのに」
素直に思っていた事を白状すると、「え!?そんな風に思われてたの!?」とやや焦ったような声が上がる。
「ごめん、その、俺、気の利いた言葉とか全然思い浮かばなくて何話せばいいのか分からなくて…。何て言うか、その、もっとさんと仲良くなりたいなって思ってたんだ」
俺、さんの事もっと知りたいな。そう言った久々知君は耳まで真っ赤に染めている。
…あぁもう、私も久々知君の事もっと知りたくなってきた。責任はきちんと取ってもらおう。まずは、お友達になってもらわなきゃ。
ガラス細工に手を伸ばす
(壊すのを恐れてちゃ、何も出来やしないんだ)
「おー、兵助ー…っとと」
食堂で兵助の姿を見かけて一緒に夕食を食べようと誘おうとしたのだが、それを押し留める。どうやらさんと一緒に食べるらしい。彼女の向かいに座ると、箸を進めながらも、頑張って話し掛けているのが見えた。
あの実習の時に何があったのかは知らないけど、どうやらいい方向に作用したようだ。実はあの実習の時に、こっそり兵助がさんと組めるようにちょっと細工を施したのだが、これで俺が頑張った甲斐もあったというものだ。兵助は多分気付いてないだろうけど。
…まぁ、お礼として後でじっくり話を聞かせてもらうくらいはいいだろう。とりあえずはこっそりと見守ってあげるとするか。