「あ、さんお疲れ様。ありがとう」
「久々知くん久々知くん!これ貰った!」
委員会の時間、土井先生の元に報告に向かっていた彼女が帰ってきたのが、焔硝蔵の入り口付近で作業していた俺の目に入ったので、労いの言葉を掛ける。すると、行く時には持っていなかった物を両手にいっぱい抱えた彼女は嬉しそうに舌足らずな言葉で俺にも報告をくれた。
凄く嬉しそうに両手に抱えた物を俺の方に差し出してくれる。…いや、気持ちは嬉しいんだけど俺に何を求めてるのか全く分からない。一体俺にどうしろと。
さんが帰ってきた事に気付いて後輩達もわらわらと焔硝蔵の中から出て来る。
「先輩、それどうしたんですかぁ?その大量の笹」
さんが手に持っているその大量の物、緑色の葉を生い茂らせた笹を見て伊助が俺の聞きたかった事をしっかりと代弁してくれた。まぁ、この状況を見たら誰だって尋ねたくなるだろう。
「あ、これ?さっき通りすがりに竹谷くんが分けてくれたの!“いっぱいあるから”って」
「…あぁ、そう言えば今日は七夕でしたっけ」
「そうなの、生物委員会も今から飾り作ったりするんだって!下級生多いからね、あそこは」
あぁ、そう言えば八がそんな事言ってたっけな。そうか、この大量の笹の差し入れをくれたのは八か。
………そのまま笹の中に埋もれればいいのに。名前も「竹谷」なんだから丁度いいじゃないか。さんに気軽に話し掛けられるようになるまでに俺がどれだけの時間を費やした事か。全く、羨ましいにも程がある。
八からしてみれば完全なる逆恨みだが、羨ましいものは仕方ない。だってずるいじゃないか、俺だってさんを楽しませたいっていつも思ってるのに。
「ねぇねぇ兵助君、折角だから七夕飾り作ろうよ。ね?」
「タカ丸さんは飾りを作る前に書類を作って下さい」
「もう、手厳しいなぁ兵助くんは」
「あ、じゃあ私手伝います!皆の仕事が終わったらやってもいいよね、久々知くん?」
「僕もやりたいです!」
「…先輩がおっしゃるなら、まぁ…」
暢気な事を言い出すタカ丸さんの発言をばっさり一刀両断する。完全なる八つ当たりである。タカ丸さんも年上なだけあって何となく俺の心境を察してくれたのか苦笑いが返ってきた。
これ以上突いてもいい事はないと判断したのだろう、大人しく仕事に戻ろうとするタカ丸さんに助け船を出したのは事もあろうにさんだった。後輩達もそれに続く。
「………俺がタカ丸さん手伝うから、さんは七夕飾り作る準備しててくれるかな」
「…!うん!ありがとう久々知くん!」
…俺、もうちょっと大人にならなきゃいけない気がする。必要な物を探しに行ったのだろう、ぱたぱたと駆けて行ったさんの後姿を見送りながら、ひとつ溜め息を零す。
「すっかり豪華になったねぇ」
「そうだね」
短冊を始め、色取り取りの折り紙飾りで装飾された笹を眺めながら、さんは感慨深そうに言う。綺麗に飾り付けを終え、俺達以外は皆夕食を食べに食堂へ向かったため、今ここにいるのは俺とさんだけだ。
やっぱり、女の子はこういう行事が好きなんだろうか。凄く楽しそうだったし。…いや、いつも結構楽しそうにしてるけど。
笹を眺めるさんを眺めてると、「あ、」とさんが思い出したように声を上げた。
「そう言えばさ、久々知くんさっきの短冊何て書いたの?一枚だけ暗号で書いてたでしょ」
確か一番上に吊るしてたよね、と指摘されてどきり、とする。確かにその通りだ。タカ丸さんは届くだろうけど、それ以外の皆には届かない高さだと分かった上で吊るしたんだから。
届いた所で忍術学園に入ったばかりのタカ丸さんには読めないだろう。だから誰にも読まれる事はないと、堂々と吊るした訳なのだが。
「え、えっと…」
「ここに吊るしたって事は見てもいいって事だよねぇ?…と、いう訳で!」
早速拝見させて貰おうか、と無邪気な笑顔でさんは背伸びして笹のてっぺんへと手を伸ばす。
「いやいやいや、そんな大した事書いてないから、ね!」
「大した事書いてないなら読んでもいいよね」
「いやいやいや!」
さんも必死なら俺も必死だ。だってあの短冊の中身は。
口だけではどうにも止まりそうにない。普段だったら絶対にやらないだろうが、必死だった俺はさんの両腕を後ろからしっかりと拘束させてもらった。所謂羽交い締めって奴だ。
「わ、わっ」
背伸びしてた事もあってバランスが取れなかったのだろう。さんは俺に身体を預ける形で倒れこんできた。
「……」
「……」
さんとばっちり目が合う。お互いじわじわと状況を理解してきたようだ。さんの頬が赤く染まっていく。自分からは見えないが、多分俺も同じような状態になっている事だろう。
「…あの、えっと…久々知、くん…?」
「……」
ぎゅ、と今度は抱き締める形に腕を組み直して、細い肩に顔を埋める。このまま手放してしまうのは惜しい気がしたのだ。
片手はそのままに、もう片方の手を自分の書いた短冊の一枚に伸ばす。先刻さんが必死になって取ろうとしていた、アレだ。短冊を片手で笹からどうにか外し、さんに手渡す。
「…?」
「折角だからさ、解読してみてよ、これ」
あっさり解かれても悔しいけれど、さんが頑張って自力で解いてくれたら凄く嬉しいな。そう言って渡すと「…頑張る」とか細い声が返ってきた。
後日、暗号が解けたらしいさんが俺の元に元気よく駆けてくるのは、また別のお話。
メビウスの輪を外せたら
(三日三晩頭を悩ませて解いた暗号に込められていたのは、まっすぐな想いでした)