私は、どちらかと言えば少年漫画が好きだ。
ただ恋にぐだぐだ悩むだけの少女漫画と違って、話の展開も分かりやすいし、何より読んでて爽快感がある。
故に、好きな人と手が触れ合って「すっ、すみません!」って顔を赤らめるような出来事なんて有り得ないと思ってるし、今まで生きてきて実際にそんな現場に居合わせた事もない。
それに第一、そんな出来事が起こったとしても、そこから何が発展するというのだろうか。
客観的に見たら、「顔見知りと手が一瞬触れた」、それだけだと言うのに。
そんなこんなで、半ば食わず嫌いのような心持ちで少女漫画に触れずにここまで生きてきたのだが、その考えも少し改めなければいけないのかもしれない。
「…あ」
「あれ、さん?」
大学も休みで、今は特に課題もない。
折角の余暇を何もせずにだらだらと過ごすなんて勿体なさすぎる、と考えてた時に、そう言えばあの本もう出てるんだっけ、と気になる作家さんの本の発売日を思い出し、本屋で目当ての本へと手を伸ばすと、逆方向からもその本めがけて伸びてくる手があった。
勿論その手が触れ合う事はなく、思わず手を止めて同じ目的を持ったその人の顔を確認するべく目線を上げる。
何処の誰だ私の優雅な読書タイムのための下準備を邪魔するのは、と思って見上げたその顔は、驚く事に顔見知りのものだった。
「奇遇だね、不破君」
「そうだねぇ」
そこにいたのは、大学の同級生である不破雷蔵君だった。
話を聞いた所、何と不破君は一時間も前からここでどの本を買おうか迷っていたらしい。
「この本を買おうかその本を買おうか、どっちにしようか迷っちゃってね」
顔だけは瓜二つな鉢屋君がするのとは違う、柔らかい笑顔で不破君は一冊の本を手に取った。
その本、というのは今さっき手に取ろうとしていた、私のお目当てでもあった本の事だろう。
それにしても不破君、悉く趣味が合うじゃないか。私もその本気になってたんだよね。
「だったら、この本は私が買うから不破君がその本買って、お互い読み終えたら貸し合いっこするのはどうかな?そうすれば両方読めるし」
「…いいの?」
「私もこの本読みたかったし、お互い得するでしょ?」
「ありがとう、さん」
にこやかにお礼を述べられ、何だか温かい気分になる。
実は不破君が癒し系の発祥なんじゃないだろうか。
「それじゃ、また大学で」
「あ、待って!」
何だか得したなぁ、と上機嫌でお会計に向かおうとすると、間髪入れずに不破君に呼び止められた。
まだ何かあっただろうか。くるりと身体を反転させて、再び彼と向かい合う。
「…あの、この後時間あるかな?」
迷い癖のある不破君にしては珍しく、強い意思を持った言葉だった。
…前言を撤回しよう。少女漫画みたいに偶然な出逢いというのも、悪くはないのかもしれない。
例えばこんな出逢い方
(こうやって始まるものも、あるのかもしれない)