「んー…それも今いちだな。よし、次はあの店な」
ここにも三郎のお気に召すものはなかったらしい。三郎に渡された服を試着出来るだけ試着して、何も買わずに店員さんの「ありがとうございましたー」という機械的な挨拶に見送られつつも、次の店へと足を踏み入れる。
何故今私が三郎に着せ替え人形にされているのかというと、それはつい一時間前に遡る。
「おい、今暇か?」
「…昼ドラ鑑賞で忙しいかな」
「それを世間じゃ暇人って言うんだよ。よし、じゃあ今からそっち行くから」
「え、ちょ、」
ガチャ、ツー、ツー、ツー。いきなり電話を掛けてきたと思ったら一方的に電話を切りやがった。何を言っても機械の冷たい音しか返ってこない。
来ると言ったら本当に来るだろうし、とりあえず仕度しないとなぁ。気紛れで付けていた昼ドラを消し、まずは着ていたジャージを着替える所から始めようと服を取りに立ち上がる。
…と、そんな忙しい所を狙い澄ましたかのようにピンポーン、と来客を告げるチャイムの音が鳴り響いた。
何とも間の悪い所に…と思いながらも、仕方なく玄関へと向かう。
「よぉ」
扉を開けると、そこに立っていたのは先程の電話の相手だった。
「…三郎やけに早くない?」
「善は急げって言うだろ?だって俺ここから電話掛けたんだし」
「わざわざ電話掛けなくても、インターホン押した方が早かったんじゃないの、それ…」
「つーか、俺が来るって言ってんのにジャージでお出迎えとはいいご身分だなぁ、ちゃん?そんなに俺に着替えさせてもらいたいのか?」
「今すぐ善法寺先輩にその脳を提供してくるといいよ、解剖材料欲しがってたから。連絡は入れておいてあげるから心配しないで」
「…冗談だよ、それよりとっとと着替えろ、出掛けるぞ」
ふざけた事を抜かす三郎に私も事実を織り交ぜた冗談で返すと、どうやら想像してしまったらしく、三郎の表情が固まった。
まぁ私も嬉々としてメスを持つ善法寺先輩なんて恐ろしくて、対面なんか御免蒙りたいけど。
「出掛けるって、何処に?」
「俺がお前をもっと女らしく変身させてやる」
そんなこんなで、三郎監修のもと、改造計画が始まった訳なのだが。
「三郎、一体何軒回る気なの…」
「俺の気が済むまでだな」
どうやら三郎のお眼鏡にかなう物がなかなか見つからないらしく、服屋を何軒も何軒も梯子して回っている。そもそも何でそんなに服を着せたがるのだろうか。確かにそろそろ春物の服が欲しくなる時期だけれども、着せ替え人形にされる理由が思い当たらない。
ハンガーに吊るされた服を一着一着素早くチェックしながらずらしていき、私に合わせてみてはお気に召さなかったのかすぐに戻したり、「ちょっとこれ着てみろ」と試着室へと放り込んだりされる。
試着室から出るとすぐに次の洋服が手渡され、次から次へと着替えなきゃならないファッションモデルってこんな感じなのかなぁ、なんて思う。今後一日でこんなに目まぐるしく服を替えまくる機会はないと信じたい。服を着替えるって、数を重ねると結構な労力なんだなぁ。
それにしても、三郎のセンスは本物だ。私の好みを分かった上で可愛らしい服を次々と選び取ってくれる。確か雷蔵の服は全部三郎が選んでるんだっけ。三郎とルームシェアをしている友人の事を思い出す。大雑把な所あるからなぁ、雷蔵は。三郎曰く「『着れればいい』にも程がある」だっけ、放っとくとどんな服着るか分からないって言ってたしなぁ、雷蔵本人も選べないからって適当に目に付いた服を着るって言ってたし。
「次はこれだな」
おっと、また次の服か。先程まで試着させて頂いていた服を三郎に返し、差し出された服を受け取る。おぉ、これも可愛いなぁ。
あんまり待たせると着替え途中でも痺れを切らしてカーテンを開けかねないので、とりあえずハンガーを壁のフックに引っ掛け、手早く袖を通す。
三郎に見せる前に試着室内に設置された全身を余すとこなく映す大きな鏡で一先ず具合を確かめる。うん、いいんじゃないかな。
「さーぶろー」
「おう、どうだ?」
三郎は一体この服にどのような評価を下すのだろうか。緊張の瞬間だ。どんな感想が返ってくるのだろう。おずおずとカーテンから身体を出して、三郎が口を開くのを待つ。
顎に手を当ててふむ、と考える仕草をしながら頭から足まで一頻り眺めた後、一歩離れてまた確かめるように上から下まで眺め回される。
「……よし、これだな」
三郎の顔に笑みが浮かぶ。
どうやらこの服はお気に召したようだ。言うが早いか、三郎は声を掛けられるのを今か今かとじっと機会を窺っていた店員さんを捕まえて、もう購入の手続きを整えていた。とりあえず自前の服に着替えようとまたカーテンの中に戻ろうとすると、「そのままでいい」とぐいっと腕を引かれた。どうやら店員さんに話を付けたらしく、そのままこの服を私に着せておくつもりらしい。店員さんが「ちょっと失礼しますねー」と手早く値札だけをハサミで切って、袋に入れてくれるつもりなのだろう、先程まで着ていた私の服を持って行ってくれた。
私がどうにかする間もなく、あっという間に購入まで済ませてしまった三郎は、財布をジーンズのポケットに捩じ込んだ後、私の服が入った、店のロゴ入りの袋を受け取ると笑顔で「ありがとうございましたー」と見送る店員さんに目もくれず、そのまま「行くぞ」と来た時と同様、私を引き摺るようにして店を後にした。
「…あの三郎、どうして急に服なんて、」
この方向だと三郎の家の方面だろうか、行き先も気になる所だが、私は三郎に手を引かれながらも今日一番の疑問を投げ掛けてみた。
「…あー、まぁその、アレだ」
珍しく三郎にしては歯切れが悪い。そんなに言いにくい事なのだろうか。最近は三郎の悪戯の被害にあった覚えはないし、罪滅ぼしではなさそうだけど。
かと言って他に心当たりがあるかって言われても、全く思い付かないしなぁ…。
考えても三郎が言わんとしてる事が分かりそうもないので、大人しく続きを待つ事にする。
「…自分の誕生日くらい覚えとけよ、お前」
そうか、そう言えば今日は私の誕生日だ。三郎に言われて漸く思い出す。
「光栄に思えよ、この俺が直々にプロデュースするなんて滅多にないんだからな」
随分と偉そうな物言いだけど、何だか遠回しに三郎の特別だって言われてるような気がして、三郎の顔を直視出来なくなる。
折角の春だし、家に籠ってばかりいないでたまには外に出掛けてみようかな。勿論着る服は決まりだ。
…誘う相手も、ね。
君色プロデュース
(染まりましょうか、貴方色)