「…あのさ、今日が何の日だか知ってるか?」
「知ってるよ、世の女の子達がお菓子業界の策略に踊らされる日でしょ?」
「……」
校内が騒がしいなぁ、そう思って特に行き先を決めずに落ち着ける所を求めてふらふらしていたら、私が愛を配り歩いている最中だとでも勘違いしたのか、
何処からともなく竹谷が現れた。
クラスメイトであり、私がマネージャーを務めている野球部のエースでもある竹谷とは、確かに繋がりも多い。
だけど、だからと言って私がチョコをあげる義務が発生する訳でもない。
暫くは竹谷と世間話を展開していたのだが、私に丹精込めた手作りお菓子を差し出す素振りが見受けられないので、「それで、俺に何か渡す物ないのか?」なんて、
それはもうストレートな質問をぶつけてきた。
そこできっちり「ないよ」と、即答で現実を突き付けてやった所、冒頭のやり取りに至る訳だ。
「私はそんなに簡単に踊らされる人間じゃないんだから!」
「えー、何だよないのかよー」
「…竹谷、朝から女の子達に追い掛け回されてなかったっけ?どれだけ貰えば気が済むのアンタ」
不満を全く隠そうともせず、竹谷はストレートにチョコを要求してくる。
遠回しにねだられるよりは清々しいが、だからと言って持っていない物はあげられる訳でもない。
…というか、竹谷を標的にしてる女の子は多いんだから、持っていない私の元に来るよりも、何もせずに教室でぼーっとしてる方が沢山チョコが手に入るんじゃなかろうか。
「だってさー、はちゃんと持ってきてくれたぜ?」
「『三倍返しだからね』って言われたでしょ?」
「…あぁ、何だそういう事か…」
やたら嬉しそうに配り歩いてたのはそういう訳か、と合点が行ったらしく、竹谷は納得したような表情を見せた。
私の親友であり、一緒に野球部マネージャーを務めているは、こういった所はしっかりしているというか、抜かりがない。
しかも、「今度好きな物奢ってあげるから!」の一言に釣られて、そのチョコを明け方近くまで作る手伝いをしてたのは、何を隠そう私だ。
私は別にあげたい相手がいるわけじゃないし、が野球部の皆に配ってくれるなら、と自分の分だけしか貰ってこなかったんだけど。
「んー…でもさ、」
諦めたかと思った竹谷が、探るように私の身体を上から下までさっと眺めた。
「何か甘い匂いがするんだよなぁ、から」
…成程、それで私がチョコを持ってると思った訳ね。
それにしても、匂いが分かるなんて竹谷は生き物の世話をしてるうちに自分まで野生的な能力を身に付けてしまったのだろうか。
「今朝までと一緒に作ってたからね」
まぁ、結局全部自分で食べちゃったんだけどね。そう付け加えると、「ふぅん」と何とも面白くなさそうな返事が返ってきた。
しかしその不貞腐れた表情も束の間、竹谷の中でどんな結論へ至ったのかは推し量りようもないが、次第に楽しそうな笑みへと変わっていった。
…何故だろう、背筋に冷たいものが走る。
「俺さ、からチョコ貰えるの楽しみにしてたんだよな」
「…悪いけどもうないよ、さっき言った通り」
「あぁ、知ってる」
一体何を言いたいのか。竹谷の目的が今一つ掴めない。
「で、は自分の作ったチョコを全部平らげたと」
「…そうだけど」
段階を踏んで確認するように、竹谷はゆっくりと問うてくる。
どうせなら男らしくズバッと言ってほしいものだ。先刻みたいにはっきりと言ってくれれば分かりやすいし、手っ取り早いのに。
―――――私の失敗は、ここで竹谷の企みに気付けなかった事だろう。
回りくどい事を好まない竹谷が、何故こんなに勿体ぶった言い回しをするのか。私はそこまで気が回っていなかった。
太陽を思わせるような極上の笑みを浮かべて、竹谷はとんでもない事を抜かし出した。
「じゃ、俺がを貰えば、チョコを貰った事になるんだよな!」
「だっての胃袋に収まっちまったんだから、そうなるだろ?」なんて当たり前のようにめちゃくちゃな理論を述べ立てた竹谷は、自分の出した答えに満足しているようで、
しきりに頷きながら「だったらチョコ食べれなくてもいいかぁ」なんて言っている。
「…まぁ、そういう訳でぇ?」
ニヤリと、そんな形容がぴったりな笑みを浮かべて、じりじりと竹谷は私に迫ってくる。
一歩足を進められる度に反射的に私も一歩後退るという事を何度か繰り返していたが、竹谷が思いっ切り踏み込んできた事により、短かった逃走劇に幕が引かれた。
「捕獲完了、っと」
「ちょ、ここ学校!誰か来たらどうすんの!?」
「見せつけてやりゃいいじゃん」
動物の捕獲に慣れているからか、あっさりと竹谷の腕の中に閉じ込められてしまった。
よく脱走する生物委員会の生き物達も、きっと今の私みたいに捕らえられているのだろう。
何度か見かけた事のある生き物達を思い浮かべる。…私とあの子達は竹谷の中では同列なのか。ううむ、何だか複雑な気分だ。
だけど、不思議とこの腕を振り解く気にはなれない。
…まぁ、いいか。都合のいい事に人も来る気配がないし。
後の事はその時考えよう。とりあえず、私は暫くこの温もりに身を預ける事にした。





あるなら貰う、なくても貰う

(真正面から堂々とぶつかっていくのがポイントです)