「えー、ホワイトデーに素敵な花束は如何ですかー?可愛らしいお花があれば、それだけで心洗われる素敵な時間が過ごせますよー」
バイトをしたい私にとって、イベント事のある日は絶好の稼ぎ時だ。今日はホワイトデーのお返しの定番、花束を売りさばく臨時バイトに勤しんでいる。
当日慌てて準備をする人も意外と多く、結構な売れ行きを見せている。何にせよ、売れるのはいい事だ。今回の仕事は時給にプラスして出来高制だし、私のバイト代に貢献してくれる事になる。
そんな訳でバイト代のために頑張って呼び込みをしていると、見知った人影が目に映る。
「よ、。頑張ってるなー」
「あ、竹谷」
私に声を掛けてきたのは、高校の頃からの顔馴染みである竹谷だった。こんな所で会えるなんて、もう運命としか言いようがない。
とりあえずその気持ちを伝えなきゃ。
「奇遇だね竹谷、折角会えたんだから竹谷の持ってる千円札とこの可愛らしい花束を物々交換しようじゃないか」
「要は買ってくれってか」
「話が早くて助かるよ。ほら、綺麗な花束でしょ?ホワイトデーのお返しはしっかりしなきゃだよ、忘れたりしてない?よく思い出して?」
竹谷が話の分かる男で助かった。どうせ買うならここで買ってってよ。いや無理にとは言わないけどさ、買わなきゃいけないなら友人に貢献していってよ一石二鳥なんだから。
「んー…じゃあのお勧めの奴くれ」
「わぁお竹谷君太っ腹ー。まいどありぃ!」
ちょっと考えた素振りを見せた後、竹谷はジーンズのポケットから財布を取り出して中身を確認した後、そう言った。
どうやら本当にお買い上げしてくれるらしい。やっぱり持つべきものは友人だ。いやぁ、思い切って言ってみるもんだなぁ。
その好意にお答えしてとびっきりのラッピングを施してあげようじゃないか。くるくると螺旋を描くリボンを一本サービスして、丹念に巻いていく。
別段変わった事はしていないのだが、私が花束を飾り付けているのを見ながら竹谷は「凄ぇな、器用だなー」とか感嘆の言葉を漏らしている。確かに竹谷はこういう細かい作業、苦手そうだ。包装解くのは好きそうだけど。
勝手な竹谷のイメージを膨らませつつも綺麗な花束を作り上げ、代金を徴収させてもらう。掌を竹谷の方に差し出すと、馴染みの肖像画の描かれた紙幣ではなく、何やら銀色に輝く物体が置かれた。
「…竹谷、これじゃ花束は渡せないよ?」
「いや、お金のつもりで渡した訳じゃないからな?流石に俺でもそれと花束で取引が成り立つとは思ってねぇよ?」
竹谷が私の掌に載せたのは、何処かの鍵のようだった。これで何を開けろと言うのだろうか。
「俺ン家の鍵だ、家の場所は知ってるだろ?」
「あぁ、まぁ何度か行った事あるし」
「よし、んじゃバイト終わったら家来いよ、待ってっから」
鍵を私の手に握らせ、ほら、と今度は馴染みの肖像画が描かれた紙幣をすっと取り出す。
「渡す相手がいなきゃ、買っても意味ないだろ?」
それじゃまた後で、と私が紙幣を持ったのを確認すると竹谷は花束を持ってまた雑踏の中に紛れていってしまった。
掌に収まっている、シンプルなキーホルダーの付いた小さな鍵に視線を移す。
…えぇと、これはつまり。
私のために花束を買ってってくれた、って事…?確かにバレンタインの時にはチョコを渡した気がするけど、でもそんな立派なものを渡した訳でもないのに。
三倍返しのつもりなのか、それとも何か別の意図があっての事なのか。
まぁ、今ここでどれだけ考えても答えが分かる訳でもないし、竹谷がどういうつもりであれ、ここに鍵がある以上、私には行くか行かないかの選択権がある訳だ。
家に帰ったってどうせ一人なんだし、さっさとこの花束を売りさばいて竹谷の所へ向かわせてもらいますか。
しばしの間お預けです
(全部売りさばくまでは、ね)