放課後。
午後の授業が全部終わり、自由になった私は兵太夫の部屋に向かっていた。
それと言うのも今日の朝、たまたま食堂で顔を合わせた彼に「放課後僕の部屋に来てよ。拒否権?にそんなものあると思ってるの?」と
半ば強引に約束を取り付けられたからなのだが、特に用事もなかったので大人しく足を運ぶ事に決めた。
(…到着、っと)
目的地に辿り着いた私は、一度深呼吸して覚悟を決めると、中にいるであろう部屋の主に声を掛ける。
「兵太夫いるー?」
「あぁか、まぁ入ってよ」
「それじゃ、失礼しまーす」
何処にどんな罠が仕掛けられているかは、兵太夫曰く「掛かってからのお楽しみだよ」との事なので、私は慎重に扉を開ける。
…よし、安全だ。
足で床を軽く踏んで何も起こらない事を確認しつつ、部屋の中に足を踏み入れる。
と、足元からカチッ、と何やら不穏な音がした。
「…え」
慌てて身を引くも既に遅く、上から降りてきた縄にぐるぐる巻きにされ、宙吊り状態になってしまった。
「あはは、相変わらず面白いくらい見事に引っ掛かってくれるね、は。仕掛けた僕としては嬉しい限りだよ」
「…えーと、降ろしてくれると嬉しいなー」
「やだよ」
即答だった。
「だってのために心を込めてその仕掛け作ったんだよ?ほら、今日ホワイトデーだし、バレンタインのお返しに」
「こんなお返しはいらない」
「えー、折角頑張って作ったのに」
兵太夫は悲しげな表情で宙ぶらりん状態の私を見上げてくる。
「そんな顔したって騙されないからね!ところで私降ろして貰えないんですか、ずっとこの状態でいろって事ですか、
つまり兵太夫の『おはよう』から『おやすみ』まで私に見守れと」
そう言うと舌打ちと共に悲しげな表情が一変、いつもの表情に戻った。
全部見えてますよ聞こえてますよ兵太夫さん。
「まぁ、冗談はさておき」
「結構本気っぽい感じだったけど」
「ずっとそのままでいたい?僕は別に構わないよ?」
「すいません調子に乗りました」
「…これ、」
兵太夫は綺麗な髪紐を取り出すと、私に見えるように差し出してきた。
「…私に?」
「他に誰がいるのさ」
「ありがとう、兵太夫」
「…別に」
兵太夫はそう言うとそっぽを向いてしまったが、照れ隠しだとすぐにわかる。
隠しきれてないよ、真っ赤な頬。
「…えっと、兵太夫?このままだと受け取れないんだけど…」
「いいよ、そのままで」
兵太夫の手が私の頭に伸ばされたかと思うと、結い上げていたはずの髪が背中に下りる感覚がした。
彼の手には先刻まで私の髪を束ねていた髪紐が握られている。
「…僕に結わせてよ、折角なんだからさ」
私の後ろに回ると、優しい手つきで私の髪に櫛を通し、綺麗に結い上げてくれた。
そのまま縄も解いて、私を地面へと降ろしてくれる。
携帯していた鏡を覗き込んでみると、兵太夫のくれた髪紐の先がゆらゆらと揺れていた。
それにしても兵太夫髪結うの上手だなあ、やっぱりカラクリ好きなだけあって器用だ。
「…まぁ似合ってるんじゃない」
「ありがと。あ、そうだ、バレンタインには私ちゃんと『好き』って言ったんだから今日は兵太夫が言ってくれるんだよね?」
なかなか褒めてくれる事のない兵太夫が彼なりの賞讃の言葉をくれた事が嬉しくて、ちょっと言ってみたくなった。
バレンタインの時は「言ってくれなきゃわかんないよ、僕の事どう思ってるの?」なんてわかりきった事を私の口から言わせよう言わせようと
散々追い詰めてきたんだ、普段言ってくれない分、今日ぐらいは聞かせて貰ってもいいよね?
兵太夫は案の定なかなか言い出せないようで「あー」とか「うー」とか、言葉になりきらない声を暫く発していたが、何かいい考えが閃いたようで
にやりと不敵な笑みを浮かべた。
「僕、言葉よりも行動で示す方が好きなんだよね」
あっという間に私を腕の中に閉じ込めると、兵太夫は指で私の顎をついと掬って上を向かせ、そのまま掠め取るように口付けた。
唇を離すと、私の頭を胸板にしっかりと押さえ付けて、聞こえるか聞こえないかというか細い声で、だけどしっかりとこう囁いた。
「…好きだよ」
あぁもう、本当に彼って人は!
結って結んで、
(意地っ張りな彼の精一杯)