「…よし、後は冷やせば完成だね」
この時期は水がぬるくなる事もないし、容器の中に水が入らないようにすればこのまま放っといても大丈夫だろう。
先刻汲んできたばかりの冷たい水の中にお菓子の容器を入れる。
後は固まるのを待つだけだ。
今日はバレンタインデー、今は夜。
食堂のおばちゃんに許可を貰ってお菓子作りに励むのは私一人。
月明かりを頼りに、昼間と違って静かな食堂で黙々と作業の手を進めていた。
こんな時間まで私がせっせと作っているのは、決して失敗続きでお菓子が日の目を見なかったからという訳ではない。
ただ単に私が渡したい相手が実習で学園にいないだけだ。
明日には帰ってくるらしいので、その時に渡そうと敢えてこの時間に作っているのであって、決してお菓子作りの苦手な私が
作業に手間取ってこんな時間まで掛かっているという訳ではない。
今から冷やせば固まる頃には帰ってきてるだろうし、出来てすぐ渡しに行けるだろう。
ちゃっちゃと後片付けだけやって、明日に備えて寝るとしますか。
そう思って洗い物に取り掛かろうとした時、不意に食堂の扉が開かれた。
声は出さなかったものの、まさかこんな時間に人が来るなんて思ってなかった私は、驚いて食器を落としかけた。
「…え、久々知?」
「あ?…か、お前こんな所で何やってんだ?」
「それは私が聞きたいよ」
一体何処の誰だ、私を邪魔しに来たのはと顔を上げると、そこにいたのは実習に行っているはずの久々知だった。
「俺はついさっき帰って来た所なんだよ。で、腹が減ったから」
「食べ物を探しに来た、と」
「そういう訳だ」
久々知は私の疑問に答えると、「食べ物ー、食べ物何処だー」と返事をするはずのない食料に呼び掛けながら辺りを物色し始めた。
勝手に適当な物を探して食べるだろうと判断した私は、そんな久々知を視界の端に入れつつ自分の作業を再開する。
「なぁ、これ食べてもいいのか?」
「少しくらいならいいと思うよ、足りない物があったら使っていいって言われたし」
「そうか」
顔を上げずに作業しながら答える。
先刻久々知が漁っていた棚の物なら、少しくらい大丈夫だと踏んで許可を出したのだが、ちょっと待った。
今、私の横から久々知の声が聞こえたような…。
気になって確認してみた私の目に映ったのは、私のお菓子に手を出そうとしている久々知だった。
「ちょっと待った何やってんの何でここにいるの食べ物はあっち!こっちの方は包丁とか鍋とか料理道具しかないの!」
久々知の手からお菓子を急いで取り返す。
「えー、さっき食べていいって言ったじゃん」
「まさかこっちの方探してるなんて思わないでしょ、それとも何、久々知はまな板でも食べるの?」
「いや、美味しそうな匂いがしたからさ」
「……食べちゃ駄目って訳じゃないんだけど、まだ固まりきってないの」
「駄目じゃないならいいだろ?」
そう言って久々知は私の手からお菓子を奪い返すと、いつの間に持ってきたのかスプーンで掬って口に入れた。
「ん、美味い」
空腹だからなのか本当に美味しいと思ってくれたからなのかはわからないが、久々知はあっという間にお菓子を全部平らげてしまった。
「ご馳走様、美味かったぞ!」
「え、本当?本当に美味しかった?」
「ああ、これが作ったのか?また作ってくれよ」
あぁもう、久々知は時々天然なのか確信犯なのかわからない。
「また作ってくれよ」だなんて、意味をわかって言ってるのだろうか。
「…時に久々知君よ、今日がバレンタインだという事はご存じで?」
「あぁ、そう言やそうだな」
「さてここで問題です。私は今年、久々知が食べた分しかチョコを作ってません」
「え、」
「これは一体どういう意味でしょうか?…答えは一ヶ月後に聞かせて貰うから」
一方的に言うだけ言って、久々知の反応を待たずに食堂を後にする。
これだけ言えばいくら久々知でもわかるだろう。
わからなかったら、その時はその時だ。
思考を振り切るように、私はやや早足で歩を進めた。



「…ったくアイツは、人の気も知らないで」
食堂に一人残された俺は、先刻までここにいた彼女とのやり取りを思い返す。
答え?そんなものはとっくの昔に決まってる。
一ヶ月なんて待ってられるか、今すぐ聞いて貰おうじゃねぇの。
思い立ったら即実行、と俺は食堂を後にした。






型になんか詰めきれない

       (俺が急いで実習から帰って来た理由を、君は知らないだろう?)