服装よし、とは言ってもいつも通りの制服だけど。髪もさっき結い直したし、今日は気合いを入れて綺麗な髪紐にした。
ちゃんと渡す物は持ってきたし、イメトレだってやってきた。
後は彼が来るのを待って、タイミングを見て渡すだけだ。
「……」
あああもうすぐ雷蔵君来ちゃうよ何か緊張してきたぁ!
大丈夫大丈夫、私はやれば出来る子だよしちょっと落ち着こう、こんな時はまず深呼吸して、…あ、深呼吸したらちょっと落ち着いたかも。
次は…そうだ、いつも通りの事をした方が落ち着けるに違いない。
貸し出しカードの整理は昨日中在家先輩がやってたから完璧だし、本でも読むか。
読みかけだった本を棚から引っ張り出し、ページを捲る。
……。
………………。
…駄目だ全然頭に入ってこない。
「ちゃん、本逆さまだよ」
「え!?あ、本当だ何やってんだろ私!」
「何か考え事でもしてたの?」
「そうなの、実はね…」
言いかけて私は気付いた。
先刻までこの図書室には私一人だったはずだ。
誰かに話しかけられるなんて有り得ない。
相手の顔を確認しようと、声のした方を向く。
「らっららら、ららら雷蔵君いつの間に!?」
「ついさっきだよ、入って来る時に声掛けたけど気付かなかった?」
まさかここまで驚かれるとは思ってなかったのか、雷蔵君は苦笑交じりに言った。
「で、何をそんなに考え込んでたの?僕でよければ話聞くよ?」
「えっ、あー…えっとね、なっ何でもないよ、ちょっとぼーっとしてただけ!」
「そう?何か必死そうな顔だったけど」
「必死にぼーっとしてたの!そっ、それよりさ、今日の当番は私と雷蔵君だけだよね!?」
まさかここで「貴方の事を考えてたの」なんて言えるはずもなく、私は無理矢理話題を変えた。
(だ、だってまだ心の準備出来てない!)
私の勢いに押されたのか、釈然としない様子ではあったものの雷蔵君はそれ以上突っ込んでくる事はしないで、「そうだよ」と私の問いに答えてくれた。
雷蔵君と二人、って事は今日までに何度も確認してきたけれど、私の頭は如何にして彼にチョコを渡すかを
考えるのに精一杯で咄嗟に話題なんて思い浮かばなくて雷蔵君本人にまで確認してしまった。
…まぁ、大事な事だし。
貸し出しカードが整ってる事を確認した雷蔵君は職務を全うする為に当然、カウンターの中に陣取っている私の隣に腰掛ける。
極々当たり前の事なのに、今日はやけに意識してしまう。
あぁ、雷蔵君が隣に、隣にっ…!
落ち着け、落ち着くんだ私。
まずは日常会話から始めて、さりげなく何気なくナチュラルな流れで渡そうじゃないか。
よしこれだ、この作戦でいこう。
「あっ、あのさ雷蔵君、今日はその…えっと…、い、良い天気だよね!」
「…今日は曇りじゃなかったかな?」
「え、あ、えっと、ほ、ほら晴れてると外で身体動かしたくなるし、曇りの方が委員会日和じゃない!」
「あはは、確かにそうかもね」
天気の話してどうすんの私。
せめて「今日は何の日だか知ってる?」とか「今日何日だっけ?」とか、今日という日を意識させる事を言っとくべき所だったのに。
「ちゃんって偶に面白い事言うよね」
「…よく言われるよ」
雷蔵君のその優しい笑顔は大好きなんだけど、何か複雑だ。
「…ところでさちゃん、あの…」
「喜べ雷蔵、この鉢屋三郎様が遊びに来てやったぞ」
「………」
雷蔵君が何か言いかけた時、タイミングを見計らったように扉がスパンと勢いよく開けられた。
あ、雷蔵君がちょっとむくれてる。何か凄く可愛いぞ。
取り敢えず「いらっしゃい鉢屋君」と挨拶すると、雷蔵君とはまた違った笑顔で「おう」と返ってきた。
どうやら彼は図書室にではなく雷蔵君に用があったようで、雷蔵君の耳元で何事かを囁いている。
今日は珍しく長居する気がなかったようで、雷蔵君に二言三言くらい伝えると「ま、頑張れよ」と言い残して再び扉の向こうへと戻って行った。
私の方も見てたような気がしたけど気の所為かな?
委員会の仕事頑張れって事かな。
「あ、あの、ちゃん」
「なぁに?」
そう言えば鉢屋君が来る前に何か言いかけてたっけ。鉢屋君の嵐のような通り過ぎ方の所為で忘れてた。
「あの…ちゃんは誰かに渡したの?」
「…?何を?」
「…その、チョコとか」
「え、」
「さ、三郎がちゃんがチョコ作ってるの見かけたらしくて、それでその…」
慌てて取り繕うように雷蔵君は言葉を続ける。
次第に声は小さくなっていき、俯いてしまったので雷蔵君の表情を知る事は出来ないし、彼が何を意図して私にこの話題を振ったのかもわからない。
だけど、踏み出すべき時は、きっと今だ。
「あのね雷蔵君、そのチョコなんだけど、実はここにあるんだ」
私の言葉に顔を上げた雷蔵君の視界に入るよう、懐から包みを取り出す。
「…貰って、くれますか」
「僕に?」
自分を指差して目を見開いている雷蔵君に小さく頷いて、私は手の中にある包みを差し出した。
「雷蔵君に、貰ってほしいの」
「え、と…それってつまりその、」
「わ、私雷蔵君の事ずっと好きだったの!」
頬が熱を持っていくのが自分でもわかる。
雷蔵君の方を見ていられなくなって、私は顔を伏せた。
迷ってる時の雷蔵君も好きなんだけど、今だけは迷ってほしくない。
下を向いたまま、私は彼の反応を待つ。
すると、意外と早く差し出した手から包みが消えた。
「ねぇちゃん」
名前を呼ばれて顔を上げた私の目に映ったのは、柔らかい笑顔の雷蔵君だった。
「僕も好きだよ、ちゃんの事」
「え…」
「これありがとう、凄く嬉しいよ」
包みを示して本当に嬉しそうに言ってくれる雷蔵君。
そんな風に言って貰える私の方が嬉しいのに。
目の前の幸せそうにしている雷蔵君に、思いっ切り抱き付いた。
「わっ」
雷蔵君は、最初は驚いていたものの、すぐに優しく抱き締め返してくれて。
そんな彼に、私の嬉しさも伝わればいいな、なんて。
宛先は彼、中身はこれから(熱が伝わる、鼓動が伝わる)