「先輩、よかったらこれ食べて下さいっ!」
「あらありがと、じゃあお礼にこれどうぞ」
私にチョコをくれた可愛い後輩のくのたまに、にっこりと笑顔を浮かべて昨日作ったチョコを手渡す。
「あっありがとうございます、味わって食べます!」
後輩はお礼を言うと駆けて行ってしまった。
「…今日幾つ目だろ」
バレンタインは女の子が好きな男の子にチョコをあげる日のはずなんだけど、何故か私は毎年くのたまの同級生からは勿論、
先輩や後輩からも沢山チョコを手渡される。
ホワイトデーにお返しをするというのも違和感があるし、かといって貰いっぱなしというのも気が引けるので、チョコをくれたお礼に
私もチョコをその場で渡すのだが、今年は去年よりも貰う量が増えたのか、沢山用意してきたはずのチョコも底をつきそうだ。
来年はもっと作る量増やそうか、なんて事をぼんやり考えながら私はいつもの場所へと足を進める。
学園の庭に生えている、ある木の上が私のお気に入りの場所で、天気のいい日にはそこで読書したりぼーっと考え事をしたり
しているのだが、今日は珍しく先客がいた。
「よぉ、相変わらず凄え量のチョコだな」
「そう言う鉢屋だって毎年いっぱい貰ってるでしょ」
「いやぁ、お前には負けるよ」
鉢屋は私が持っている風呂敷包みの膨らみを見てそう言うと、私が座るスペースを空けてくれた。
私は荷物を根元にそっと置いて木によじ登り、先刻鉢屋が空けてくれた場所に腰を下ろした。
「今年もお前は貰う専門か?」
「そうよ、特にあげたい人がいる訳じゃないし。チョコくれた子にはお返しにこれあげてるけど」
鉢屋に見えるよう、懐から中身が減って縮んでしまったお礼用のチョコを入れた袋を取り出す。
「もう無くなりそうじゃねぇか」
すっかり小さくなった袋を眺めてそう言うと、鉢屋は深く息を吐いて安堵した表情を浮かべた。
「それじゃ、間に合って良かった」
「悪いけど鉢屋の分は無いわよ、お返しの分が無くなっちゃうもの」
もう少しチョコが残ってれば別に分けても構わなかったのだが、流石にチョコを作ってくれた子に何も渡さない訳にはいかない。
…というか、わざわざ私に分けて貰わなくても鉢屋にチョコを贈りたい女の子はいくらでもいるだろう。
そんな事を考えていると、鉢屋にずいと何か箱型の物を押し付けられた。
手元に視線を落とすと、そこには綺麗に包装された箱があった。
「ちょっと鉢屋これ、」
「やるよ。俺の手作りだ、ありがたく受け取れ」
「……」
鉢屋が、私に?
今まで女の子からは山程チョコを受け取ってきたが、男子から、ましてや鉢屋からチョコを渡された事なんて一度もない。
まさか私にチョコをくれる女の子達のように、「憧れてるんです」って事はないだろう。
これは一体、どういう意味なのだろうか。
「で、俺にはくれねぇの、お礼のチョコは?」
「え?あ、あぁ…はい」
お礼用に作ったチョコを一個取り出し、鉢屋の手に載せる。
「おう、ありがとな」
「待、待って鉢屋!あの、これ、」
何もわからないまま貰うのも何だかすっきりしない。
満足げな笑顔でチョコを受け取ったかと思えば、木から降りてそのまま歩いていってしまった鉢屋を呼び止める。
すると、鉢屋は振り返ってこう言った。
「あ、それ本命だから。ちゃんと返事寄越せよな」
口調はいつも通りだったが、真剣な目でそれだけ告げると、鉢屋は踵を返して見えなくなってしまった。
(…本命って、つまり、その、)
そういう事、だよね。
顔が火照ってくるのがわかる。
熱を冷ます事なんて出来ないとわかっていても、頬を押さえずにはいられなかった。
今までそういう対象として見た事なんかなかったのに。
(…今度からどんな顔してアイツに会えばいいの)
今まで通りにすればいい?
今までって何、私どうやって鉢屋と話してた?
何で、何でこんな風になっちゃうの、もしかして私、鉢屋の事、



「…ま、ちょっとは脈ありってとこか」
先刻のの反応を思い返す。
取り敢えず、意識させる事は成功したようだ。
今までのような関係には戻れないかもしれないけど、もう”友達”じゃ満足出来ないんだよ、俺は。
これから覚悟しろよ?お前の隣を他の奴に渡してやる気なんか無いからな。





勇気を出して、僕から君へ

(待ってるだけじゃ始まらない)