実は皆、僕に恨みでもあるんじゃないかと思う。



先月、バレンタインの日に「あげる。それじゃ」といきなり僕の前に現れたかと思えば可愛らしい包みだけ残して嵐のように
去っていったに、まぁ一応受け取った訳だし人に何かして貰ったらお礼をするのが常識だよな、とお礼をきちんと準備
した律儀な僕は、ホワイトデーの今日、幸運な事に彼女と二人で委員会の仕事をする事になった。
それで、二人で薬草を採りに薬草園に来た所までは良かったのだが。
「な、なぁ
「何?」
これから起こる悲劇なんて当然知る由もない僕は、勇気を出して薬草摘みをしているに呼び掛けた。
落ち着け、落ち着くんだ僕。
僕は常識に沿って行動してるだけで、別にここで彼女に贈り物をしたっておかしくも何ともないんだ。
そうだよ、何でもないように自然に渡せばいいんだ。
僕は自分にそう言い聞かせて、先を続ける。
「その、先月のお礼なんだけど…」
「あっ、左近危ない後ろ!」
「え?」
そこで避ければ良かったものを、後ろの見えない僕は反射的に振り返ってしまった。
視界に入ったのは、僕めがけて勢いよく近付いてくる球体。
もうそれは目と鼻の先に迫っていて、避ける術のない僕の顔面に遠慮なくぶつかってきた。
「…ってぇ…」
「だ、大丈夫?」
「おー、すまんすまん。ちょっと勢いつけすぎてなー」
どうやら僕に激突したのはバレーボールらしい。
恐らくそれをぶつけてきた張本人であろう七松先輩がボールを拾いに来て、一言詫びを入れるとすぐさま戻っていった。
「それにしても左近、災難だったねー」
「…全くだよ」
「あ、ところでさっき何か言いかけてたよね?何だった?」
そうだよ、先刻折角渡せそうだったのに、七松先輩め。
でもまぁ、過ぎてしまった事は仕方ない。
気を取り直してもう一度言い直す。
「あのさ、先月のお礼なんだけ、どっ…!」
少し離れている所で薬草摘みをしていたに一歩歩み寄ると、突然地面が消えた。
「……」
恐らくは四年の綾部先輩が掘ったものであろう、落とし穴に落っこちたようだ。
穴を掘るのは勝手だけど、薬草園にまで落とし穴作るなよな。
「大丈夫、左近?」
「…もう慣れたよ」
に手を貸して貰い、落とし穴から無事に抜け出す事が出来た。
確かに落とし穴には何故かよく落ちるけど、何もこんな時に落ちなくてもいいじゃないか。
でもまぁ、落ちてしまったものは仕方ないか。
よし、今度こそ!
必要な分の薬草を採り終えたらしく、水やりをしようと水の入った桶を抱えているに再び呼び掛ける。
「なぁ、」
「何?」
視界の端に一年ボーズ共が遊びに夢中になっているのが見える。
あれ、何かこっちに向かってきているような…。
「へへっ、追いつけるモンなら追いついてみろよ!」
「おい団蔵、前、前!」
「え?」
「わっ」
「……」
ばしゃん、と水音がしたかと思うと、僕は全身ずぶ濡れになっていた。
一年ボーズがの背中にぶつかって、その拍子に彼女の持っていた水桶が宙に投げ出され、僕の上で引っ繰り返った、と。
実は皆で結託して僕を邪魔して楽しんでるんじゃないか、と勘繰りたくもなる。
「…ごめん左近」
「…お前ら…」
彼女は悪くない。悪いのは一年は組のこいつらだ。
僕の怒りを感じ取ったのか、奴らの方を向くと、びくっと肩を震わせて「ごっごめんなさい左近先輩ー!」と言うとさっさと逃げてしまった。
今度会ったら覚えてろ。
「ねぇ左近、ここは私一人で大丈夫だから先に医務室戻って着替えてきなよ。びしょびしょだよ」
「…別にこれぐらい、」
「そんな事言って、また前みたいに風邪引いたらどうするの!いいから行ってきなさい!」
「…わかったよ。悪いけど後は頼んだぞ」
「ん、任せて」
の勢いに押され、渋々ながら僕は医務室に戻る事にした。



医務室に戻ると、出張で留守にしている新野先生の代わりに善法寺先輩が出迎えてくれた。
びしょ濡れの僕を見るなり、手早く着替えと手拭いを準備してくれ、「災難だったみたいだね」と苦笑を浮かべる。
僕より確実に不運度の高い先輩の事だ、あまり驚かない所を見るときっとこんなのは日常茶飯事なのだろう。
出された着替えと手拭いを受け取って、身体に纏わりつく水分の対策に取りかかった。
が戻ってきたのは丁度僕が着替え終わった頃で、「只今戻りましたー」という報告と同時に部屋に入ってきた。
「お疲れ様」
「先輩、言われた薬草採ってきましたよ」
「ありがとう、ちゃん」
先輩に薬草を手渡すと、は僕の方に寄ってきた。
「さっきはごめんね、大丈夫だった?」
「悪いのはあの一年ボーズ共なんだから気にするなよ。それより一人で水やりやらせて悪かったな」
「気にしないで、あの後一年は組の子達が手伝ってくれたからそんなに大変じゃなかったし」
へぇ、あいつらもなかなか良い所あるじゃないか。正直ちょっと見直したぞ。
「あ、二人共ちょっと留守番任されてくれるかな?ちょっと部屋に薬の材料忘れてきたみたいなんだ」
「わかりましたー」
「気を付けて行ってきて下さいね」
口々に了承の意を伝えると、「後は頼んだよ」と先輩は戸の向こうへと消えていった。
立派な保健委員長である先輩の事だ、途中で何かトラブルに巻き込まれたりして暫くは戻って来ないだろう。
…あれ、もしかしてこれって絶好の機会じゃないか?
渡すなら今、だよな。
今度こそ、と気合いを入れ直す。
「なぁ、さっきの話の続きなんだけど」
「あ、そういえば何か言いかけてたよね!なぁに?」
「…これ、」
先刻の水の所為で少し湿ってしまっている包みから中身だけを取り出して、に差し出す。
どうやら運の良い事に中身は濡れるのを免れたらしく、無事だった。
「…櫛?」
「それ以外の何に見えるんだよ」
「いや、左近が持つにしては随分可愛らしい櫛だなー、と」
「誰が僕のだって言ったよ!…やるよ、これ」
「へ?いいの?」
「先月のお礼だよ、貰いっぱなしってのも落ち着かないからな」
ほら、と急かすように櫛を振ると、はそっと櫛を受け取った。
「ありがとね左近!」
「…おう」
本当に嬉しそうな笑顔を向けられ、何だか落ち着かない気分になる。
彼女の方を見ていられなくて、僕は思わず目を逸らした。
「…あのさ左近、」
「何だよ」
「…左近にあげたチョコ、実は本命だったって言ったら…どうする?」
「え、」
顔を上げると、俯いているの頬がほんのり桃色に染まっているのが見えた。
多分僕も、彼女に負けないぐらいの赤さになっているだろう。
だけど今は、そんな事に構っていられない。
僕は自分の想いを伝えるべく、口を開いた。





これだけは偽れない

             (言い訳なんてしない、ありのままを)