「ねぇ作兵衛、あのお店見たい!」
「待て待て待て勝手に行くな、買い出しが全部終わってからだ」
「あれ、作兵衛ってば何処行っちゃったのー?全くもう、迷子になるなんてしょうがないなぁ」
「お前がな。余所見しないでちゃんとついて来いって言っただろ!」
「作兵衛作兵衛、お団子食べようよ!あのお店のお団子美味しいんだよー」
「後で買ってやるから今は我慢しろ!」
用具委員長である食満先輩に買い出しを命じられた俺とは、こうして二人で町で必要な物を購入して回っている訳だが。
コイツ一人であの方向音痴二人を同時に相手にするくらい疲れるってどういう事だ。
ちょっと目を離した隙にすぐ何処かに行きやがる。
「あぁもう、買い出しが終わったらいくらでもお前に付き合ってやるから大人しくしてろ!」
「えっ本当!?わかった、じゃあ大人しく作兵衛についてく!」
「んじゃ、とっとと行くぞ」
普段左門や三之助に対してそうするように、俺は無意識の内にの手を取っていた。
「えっと…これで必要な物は全部揃ったかな、今日は意外と少なかったね」
「そうだな」
買う物がそんなに多くなかった事もあって、買い出しは意外と早く済んだ。
「さて、作兵衛」
「何だよ」
「買い出しが終わったら、何処にでも付き合ってくれるって言ったよね?」
そういや「買い出しが終わるまで我慢しろ」って言ったんだったか。
「…迷子にだけはなるなよ、頼むから」
「よし、じゃあまずはお団子屋さんからね!」
俺の話を聞いているのかいないのか、了承の意を示した途端には俺を引き摺って団子屋に向かってすたすたと歩き始めた。
用具委員の皆に土産を買って団子屋を出た後(こういう所は気が回るんだよな)、今度は市を回る事になり、特に見る物もない俺は
の買い物風景をぼーっと眺めていた。
「んー、この鏡可愛いんだけどなぁ、今朝藤内に鏡貰ったばっかりだしなぁ…」
「は?」
先刻まで黙って見ているだけだったが、が悩んでいる所に思わず口を挟んでしまった。
ちょっと待てよ、何でここで藤内の名前が出てくるんだ?
「あぁ、先月皆にチョコ持ってったでしょ?あのお礼だって。数馬はお花くれて孫兵はお饅頭くれたんだよ」
あぁ、先月のバレンタインの時に「皆で食べようよ」って手作りチョコ持ってきたな、あのお礼って訳か。
成程、それなら納得……ってそれどころじゃねぇ。
俺何も準備してねぇよ!
そうか、あれも貰った内に入るよな、は特には気にしてないようだがやっぱりお返しはしなきゃいけねぇよな。
あぁもう、もっと早く気付いて藤内とか数馬とか、とにかくこの手の事がわかりそうな奴に相談しておくんだった。
幸いな事にここは市だし店も沢山あるが、かといって何をあげりゃいいのかなんて皆目見当がつかねぇ。
どうすっかな、と再びに目をやる。…あれ、いねぇ…。
慌てて辺りを見回すと、ちょっと離れた店で商品と睨めっこしてるのが見える。
俺が目を離しちまったのもあるけど、片手が塞がってちゃ商品を見にくいだろうと手を離したのが間違いだったか。
深く息を吐いての所に行こうとした時、ある一つの物が俺の目に留まった。
それからどれだけ時間が経ったのだろうか、日が傾きかけてきた頃。
「そろそろ帰ろっか」
「おう」
の買い物も終わり、俺達は帰路についた。
「買い物付き合ってくれてありがとね、見る物なくて暇だったでしょ?」
「…いや、」
「ん、何かいい物あった?」
俺は先刻購入した物を懐から取り出す。
「やるよ、先月の礼だ」
先刻市で購入した、透き通るような水色をした髪留めをに差し出す。
主張の強い赤や橙よりもこういった控えめな色が好みだと、確か言っていた記憶がある。
「ありがと、作兵衛」
「…おう」
本当に嬉しそうな笑顔を向けられ、何だかむず痒い気分になる。
どうやら気に入ってくれたようで、は俺から髪留めを受け取ると先刻まで下ろしていた髪をいそいそと纏め出した。
「どう?似合う?」
「…まぁ似合ってるんじゃねぇの」
「えへへ、そっかそっかー」
褒められて余程嬉しかったのか、はにへらと笑みを浮かべる。
これだけ喜んで貰えるとあげた俺としても嬉しいのだが、俺はコイツのように素直に感情を表現出来ない。
「ほら、とっとと帰るぞ」
一年の頃からの付き合いであるコイツは、恐らくその事に気付いているだろう。
買い出しの時と同じようにの手を引っ張って歩みを進めると、大人しくとてとてとついて来るのがわかる。
忍術学園まであと少し、手の中の温もりを離さないよう、力を込める。
「只今戻りましたー」
「おう、お疲れさん」
「これが今回買ってきた物です。あ、あと先輩と一年ボーズ共に土産買ってきました、これなんですけど」
「お、団子じゃねぇか。アイツら喜ぶぞ、二人共ありがとな。おーいしんべヱ喜三太平太ー、ちょっと来ーい」
修理をしていた食満先輩は、俺達が帰って来た事に気が付くと入口まで出迎えに来てくれた。
呼ばれてからちょっとすると、「何ですかぁ?」と一年ボーズ共がぱたぱた駆けてくる。
「あ、富松先輩に先輩、おかえりなさい」
「二人からの土産だぞ」
「わぁ、お団子だ!」
「ありがとうございまーす!」
「ふふ、どういたしまして」
一年ボーズ共も集まってきて、一気に用具倉庫が騒がしくなる。
「それにしても、先輩達仲良しさんなんですね」
喜三太にそんな事を言われ、唐突に何を言い出すのかと視線を辿ってみる。
そこには、未だに繋がったままの俺達の手があった。
「あ、いやこれは違うんだ、コイツが迷子にならないように繋いでただけであってだな、」
「作兵衛は私達の保護者だもんね」
「誰が保護者だ!」
しんべヱと平太は団子に夢中で俺達のやり取りなんか気にも留めていないし、食満先輩は食満先輩で「元気だなーお前らは」なんて
笑いながら傍観している。
「一体この二人はいつになったら自覚するんだろうなぁ」という食満先輩の呟きは、必死に弁明する俺と横から余計な事を言ってくる
の耳に入る事はなかった。
無自覚×無自覚=
(気付きそうで気付かない、だけどいつかは)