「さぁ大人しく捕まりなさい竹谷!」
「捕まってたまるかー!」
俺は今、俺を捕まえるための物であろう虫捕り網を手に追ってくるから必死に逃げている。
どうせなら脱走した毒虫を捕まえる時にそれだけの意欲を出して手伝ってくれよ。
俺が何処に隠れてもすぐに見つけ出せるは、絶対に生物委員会でその能力を発揮するべきだと思う。
…いや、今はそんな事考えてる場合じゃないか。
俺はを振り切るべく、思いっ切り地面を蹴りつけた。
「…流石にここまで来りゃ大丈夫だろ」
後ろから追ってくる気配も感じないし、どうやらを撒く事に成功したようだ。
ふぅ、と深い息を吐いて、少し休もうかと近くにあった木に凭れかかり、そのまま腰を下ろす。
無事に逃げ切れたと俺が完全に油断していた、その時。
「つーかまーえたっ」
「うおっ!?」
声と同時に、頭から網を被せられた。
「私がそう簡単に逃がしてあげる訳ないでしょ、甘い甘い」
そう言うや否や、は何処からか縄を取り出すと、それで俺をぐるぐる巻きに縛った。
「さぁ、観念なさい?」
「…俺をどうする気だよ」
「別にどうもしないわよ?逃げようとしなければ、ね。それに私だって元々こんな手荒な真似するつもりじゃなかったのに、
竹谷が逃げるから」
「いや、虫捕り網構えてにじり寄られたら普通逃げるだろ」
素直に網を被りに行く奴がいるんだったら会ってみたいね。
そもそも俺が逃げる事を前提にして準備してんじゃねぇか、何で縄なんか持ち歩いてんだよ。
口に出すと後が怖いので、反論は心の中だけに留めておく。
は俺に抵抗する気がないと判断してくれたようで、頭に被さっていた鬱陶しい網を退けると膝を地面につけて
俺と目線を合わせた。
「あのね竹谷、」
頭の位置が俺より低いは、俺を見上げるようにして言う。
言い出しにくい事なのか、少し潤んだ瞳で見つめられ、心臓が大きく跳ねた。
「私、竹谷にどうしてもチョコを渡したかったんだけど、作るの失敗しちゃって準備出来なかったの。だからさ、」
言いながらは四つん這いで距離を詰めてくる。
反射的に後退ろうとしたが、俺は木に凭れかかっていた訳で、これ以上後ろへは進めない。
ちょっとお前、そんな目で見ないでくれよ頼むから、着物の中見えてるんだよ背中伸ばせ!
だんだん鼓動が速くなっていくのがわかる。
あぁもう、お前は一体俺をどうしたいんだ。
そうこうしている内に、俺との距離は殆どなくなっていた。
「…代わりにこういうのはどうかな、って」
はそう言うとゆっくりと顔を近付けてくる。
その表情が妙に艶っぽくて、思わずごくり、と喉が鳴る。
の吐息が肌を撫でていく。
もう、距離なんかなくなりそうだ。
何だよこの美味しい展開、え、ちょ、まだ俺心の準備が…!
「…なーんてね」
もう少しで触れる、という所でふふっと笑い声がしたかと思うと、もう距離は元通りになっていた。
「それにしても…随分と可愛い反応してくれるのねぇ、顔真っ赤よ?」
「…っ!」
悔しい事に何も言い返せない。
顔が赤くなってるのくらい、自分でもわかってる。
せめてもの反撃にきっと睨んでみるも、は全く意に介する事なく俺の反応を楽しんでいる。
と、縛られている俺の足元に、綺麗な箱がコトリと置かれた。
「それ、竹谷にあげる。それじゃ」
「いやいや待て待て、行くならこの縄解いてから行ってくれ!」
俺を置いてさっさと離れていったは、振り返らずに言葉を発した。
「…本当は抜けられるんでしょ?」
それだけ言うと、今度こそ姿が見えなくなってしまった。
「…バレてたか」
俺だって忍たまだ、これくらい簡単に抜けられる。
わざわざ縛られたままでいたのは、…まぁ何と言うか。
……正直ちょっと、いやかなり期待してたんだよいいだろ別に少しくらい淡い夢持っても!
するりと縄を解いて、足元の箱を見やる。
言っとくけどな、俺は見逃してないぜ?
背を向けて足早に立ち去ろうとしたお前の耳が、赤く染まってたのをな。
「全く、素直じゃねーな」
さて、これからどうしようか。
箱を拾い上げて懐へと仕舞い込むと、俺はその場を後にした。
君、捕獲
(今度は俺が君を、)
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